ジョージ・レーゼンビーがジェームズ・ボンド役を演じた唯一の作品です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ピーター・ハント監督の『女王陛下の007』です。007シリーズを製作するイーオン・プロダクションズとの間で5本の作品でジェームズ・ボンド役を演じるという契約を交わしていたショーン・コネリーは『007は二度死ぬ』の撮影で来日した際に契約を更新しないことを発表しました。そこで二代目ジェームズ・ボンド役に起用されたのがオーストラリア出身のジョージ・レーゼンビー。撮影当時二十九歳だったジョージ・レーゼンビーの若さを生かして本作はスキーやボブスレーなどのウィンタースポーツを取り入れた山岳アクション映画になっています。
【ご覧になる前に】イアン・フレミングの原作を忠実に映画化した脚本です
カジノ・ロワイヤルを訪問するためホテルへ車を飛ばしていたジェームズ・ボンドは途中海に身投げしようとした女性を救い出します。カジノでその女性の賭け金を代わりに支払ったボンドは、ホテルの部屋で彼女が犯罪組織を率いるドラコの娘トレーシーであることを知ります。ドラコの手下たちに拉致されたボンドはドラコから「トレーシーと結婚してほしい」と頼まれますが、仇敵ブロフェルドの居所を掴むための情報提供を条件に承諾したボンドは、スイスの弁護士事務所に保管してあるブロフェルドの手紙を盗み出し、アルプスにいるブロフェルドが爵位認証の確認を求めていることを知ったのでした…。
007シリーズが始まって以降、ジェームズ・ボンド役はショーン・コネリーのイメージが定着してしまっていたので、イーオン・プロダクションズのアルバート・R・ブロッコリとハリー・サルツマンはあらたにボンド役ができる俳優を探さなければなりませんでした。原作者のイアン・フレミングの推薦もあってロジャー・ムーアを起用しようということになったもののムーアがTVシリーズ「セイント」の撮影を控えていて断念。結果的にオーデイションでモデルをやっていたオーストラリア人俳優ジョージ・レーゼンビーが選ばれることになったのでした。
脚本のリチャード・メイボームはシリーズ第一作の『007ドクター・ノオ』から脚色に参画している主筆のシナリオライターで、前作『007は二度死ぬ』で一度離れたものの本作で再度脚本チームに復帰しました。ブロフェルドとの戦いにジェームズ・ボンドの結婚を織り交ぜたストーリーはほぼイアン・フレミングの原作通りのものだそうです。メイボームは次作『ダイヤモンドは永遠に』の以降もほとんどの007シリーズの脚本を担当することになります。
監督のピーター・ハントは編集者として腕を磨き『ドクター・ノオ』の編集から007シリーズに関わってきた人で、『007は二度死ぬ』でセカンドユニット監督となり、本作で初めての監督作品を担当することになりました。007シリーズの監督はテレンス・ヤングやガイ・ハミルトン、ルイス・ギルバートなど複数作品を監督する例が多いのですが、ピーター・ハント監督作は本作のみとなっています。また本作ではジョン・グレンがセカンドユニットの監督および編集者としてクレジットされていて、ジョン・グレンは『フォー・ユア・アイズ・オンリー』以降の007シリーズを多く監督することになります。
前作でブロフェルドを演じたのはドナルド・プレゼンスでしたが、本作ではスキーでの追跡などブロフェルド自らがアクションシーンを演じる構成になったせいか再登場することはなく、代わりにテリー・サバラスが演じることになりました。撮影時にテリー・サバラスは四十七歳になっていますけど、精悍なイメージがあるのでアクションシーンに登場しても不自然な感じはしません。かたやジェームズ・ボンドの結婚相手となるトレーシー役にはダイアナ・リグが抜擢されていて、イギリスで放映されていたTVシリーズ「The Avengers」に主演して人気女優になった頃のことでした。本作以降は映画よりもTV出演が多いようで、日本で公開されているのは1982年の『地中海殺人事件』くらいしかないようです。
音楽はおなじみのジョン・バリーで、劇中に挿入されるルイ・アームストロングの「愛はすべてを越えて」もジョン・バリーの作曲で、特にストリングスやホーンセクションのアレンジが印象的な楽曲になっています。またタイトルデザインもモーリス・ビンダーがやっていまして、女性のシルエットに砂時計を絡ませ、そこにこれまでのボンドガールの過去映像をハメるという映像を見せてくれます。
ボンド役がジョージ・レーゼンビーに代わったことでヒットするかどうか懸念されたそうですが、この年の世界年間興行成績では『明日に向って撃て!』に続く第2位の大ヒットを記録していて、アメリカでは今ひとつだったもののヨーロッパや日本でのヒットに支えられたようです。
【ご覧になった後で】過小評価されがちですが意外に出来が良い作品でした
いかがでしたか?この映画を見たのはかなり前でしかもTVでの放映バージョンだったのですが、ジョージ・レーゼンビーがスカートをまくると太もものところに口紅で数字が書いてあるところくらいしか記憶がなく、しかもその太ももが毛むくじゃらで気持ち悪かったという感想しか持ちませんでした。すごい久しぶりに再見したら意外にも出来の良い山岳アクション映画に仕上がっていてびっくりしてしまいました。昔のTV放映ですから最大でも100分くらいしか放映枠がないはすで、たぶん大幅にカットされたバージョンを見てしまっていたんでしょう。今回2時間20分もあるというのでなかなか見る気が起きなかったのですが、見始めると時間を気にすることなくいつのまにかエピローグの結婚式になっていたので、本作はジョージ・レーゼンビー主演というだけで過小評価され過ぎていたんだなあと考えを改めたのでした。
観客を引き込む面白さの要因は、まずシンプルなスパイアクションに回帰した脚本にあると思います。『007は二度死ぬ』ではスペクターが阿蘇山麓のロケット基地を持っていて米ソ間で核戦争を勃発させるというSF寄りの路線に傾いていたので、やや荒唐無稽なB級映画的な雰囲気になっていたのですが、本作ではジェームズ・ボンドが余裕しゃくしゃくながらも地道なスパイ活動の実際を演じてみせたり、大掛かりな兵器などではなくスキーでの追跡やボブスレー上での格闘など生身感あふれたリアルなアクションを復活させています。第二作の『ロシアより愛をこめて』を思い起こさせると言ったら褒め過ぎでしょうけど、ジェームズ・ボンドがスーパーヒーローではなくひとりの諜報部員であるという基本に立ち還っているのが好感がもてるところでした。
次の要因は本作のアクションシーンでの撮影と編集にあって、特にスキーの追跡シーンでスキーを追いかける移動ショットに右からブロフェルド一味がフレームインしてくるところは本当にワクワクするほどカッコよかったですし、ボンドとブロフェルドが殴り合いをしながらボブスレーが滑走していくシーンでのカッティングはちょっと他の映画では見られないくらいの編集が際立っていました。
アクションシーンの撮影班はスキーで滑りながら両手でキャメラを股の間にすえて前方を滑っていくボンドを撮ったり、ボブスレーの後ろに連結させた別のソリに乗っかって滑り落ちながらボブスレーの車体をとらえたりと、かなりハードな現場をこなしたようです。編集は非常に短いショットの積み重ねなので、ジョージ・レーゼンビーとテリー・サバラスがスクリーンプロセスの前で大袈裟に演技しているだけの映像が編集によって猛スピードで滑りながら格闘しているように見えて、その短いショットの中に超高速で後ろに飛び去って行く木々をインサートして、観客があたかもボブスレーに乗っているかのような疾走感を味わうことができました。
また序盤のホテルの殴り合いでは急激にズームインするショットを短くつなぎ合わせることによって、互いが殴られて吹っ飛ぶような動きが増長されていました。ズームショットをこのように使った例はあまり見たことがなく、その意味でピーター・ハントは編集者出身だけあって、監督になったら思う存分に編集で暴れてみようと考えていたのかもしれません。
ちなみにジョージ・レーゼンビーはスキーの追跡シーンで崖に追い詰められたときにそのまま滑り落ちてパラシュートが開くというアイディアを出したのだそうです。本作の撮影クルーでは飛び降りるスキーヤーもパラシュート降下を撮影できるキャメラもなくそのアイディアは採用されなかったのですが、1977年の『私を愛したスパイ』のオープニングアクションシーンでそれが実現されて、元ネタとして花開いたのでした。
あとブロフェルドの山頂基地は建築中のレストランに交渉してオープン前にロケーション撮影に使わせてもらった建物で、映画公開後に物語と同じ名称の「ピッツ・グロリア」としてオープンしたそうです。また原題は公文書などの郵便物が切手なしで届く「On Her Majesty’s Service」をもじったもので、英国の人なら誰にもわかるジョーク的タイトルのようです。
それにしてもダイアナ・リグが射殺されて終わりというエンディングは実に悲劇的で、007シリーズのようなスパイアクションでこんな悲惨なエンディングを持つ作品は他にないのではないでしょうか。最後は007がボンドガールと抱擁してめでたしめでたしで終わるのが常でしたので、せっかく結婚したのにその結婚相手が死んでしまうラストによって、本作の印象がマイナス面に向いてしまったのも否めないことだったと思います。でもそのエンディングを除けば、氷上レースに二台の車が参戦してしまうところやロック解除装置をクレーンで運び込むところなど見どころがたくさんあって、SF色を強めそうだったシリーズを元に引き戻してくれたという点でもシリーズ中のそれなりの傑作として評価をあらためたいと思いました。(A012323)
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