百万弗の人魚(1952年)

エスター・ウィリアムズの水中バレエが見どころのMGMミュージカル

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マーヴィン・ルロイ監督の『百万弗の人魚』です。主演はエスター・ウィリアムズ。実際に競泳選手として活躍して本当ならオリンピックにも出場していたレベルだったとか(残念ながら1940年の東京オリンピックは中止になりました)。水泳のスキルをいかして水中ショーに出ていたところをハリウッドにスカウトされて、MGMで大スターになったのでした。

【ご覧になる前に】水着に革命をもたらした実在の水泳選手がモデルです

生まれつき足が弱かったアネットは池で泳いだことをきっかけにオーストラリアを代表する水泳選手に成長します。音楽学校設立を夢見る父親を助けるために、興行師ジョーの誘いにのって、ロンドンへ旅立ったアネットは、テムズ川の遠泳で注目を集めます。アネットを水中ショーで売り出そうとするジョーは、アネットと父親をニューヨークに連れて行くのですが…。

ハリウッドのメジャースタジオの中でもMGMはミュージカルを得意分野としていました。ジーン・ケリーのタップダンスなどは天才による個人芸ですが、その対極にはマスゲームを思わせるジオメトリカルな集団群舞がありました。俯瞰撮影が可能な映画の特徴を生かした新しいミュージカルを生み出したのがバスビー・バークレー。ブロードウェーで舞踊監督をしていたバークレーはハリウッドに進出すると『四十二番街』やジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニーのコンビによる「アンディ・ハーディ」シリーズを手がけて、MGMミュージカルの大立者のひとりになったのです。本作の水中バレエのシーンはすべてバスビー・バークレーが演出したもの。赤や黄色のスモークの中から空中ブランコに乗った男女が次々に巨大プールに飛び込んだり、そびえたった滑り台からエスター・ウィリアムズがポーズをとったままに滑り降りてきたり、ミュージカルというよりは体操競技やアーティスティック・スイミングの演技を見ているようです。

主人公アネット・ケラーマンは実在したオーストラリアの水泳選手だそうです。二十世紀になったばかりのアメリカでは、女性の水着はドレスとハーフパンツの組み合わせで、身体にフィットしないブカブカのものでした。泳ぎやすさではなく露出を控えることを目的としていたんですね。そこでアネットは自ら女性用のワンピース型水着を開発し、後の水着の進化の原型をつくったと言われています。アネットは水泳選手から女優へと転身し、実際にハリウッドで映画に出演し「海の女王」を演じることになりました。そんなアネットをモデルにするのであれば、エスター・ウィリアムズはまさに適役だったと言えるでしょう。

【ご覧になった後で】意外にも恋愛ドラマとして見てもまずまずの出来

エスター・ウィリアムズの水中バレエのすごさは、彼女が水の中でも歯を見せて笑っていることだと思います。普通なら酸素を蓄えるために頬をいっぱいに膨らませて潜水するはずなのに、笑顔のままかなり長い時間、水中で踊るように泳ぐのです。もうこれは超人的な肺活量だとしかいえないですね。彼女を中心においた一糸乱れぬ集団群舞は、MGMの巨大スタジオならではの大規模な撮影技術によって実現されたスペクタキュラー。この場面は『ザッツ・エンタテインメント』でもほとんどカットなしに取り上げられていて、水中からせりあがるエスターの背後にあるリングの花火が、水から上がった途端に点火されるのを不思議に思ったものでした。何回も見返しているうちにそのショットだけ逆回転で撮影されていることに気づきまして、というのも花火に向かって煙が吸い寄せられるのが映っていますもんね。

エスター・ウィリアムズがMGMで映画デビューしたのは1942年。「アンディ・ハーディ」ものの一本だったそうですから、そこでその美貌がバスビー・バークレーの目に留まり、水泳ができるということでアネット・ケラーマン調の水中バレエの再現ということになったのではないでしょうか。『ザッツ・エンタテインメント』には水着で泳いでいる場面しか取り上げられなかったので本作を見てあらためて認識し直したのですが、エスター・ウィリアムズの美貌は本物で、水泳選手出身とは思えないですね。演技もそこそこできるし、本作がヴィクター・マチュアとの恋愛ドラマとしてもそれなりに見られる出来になったのはエスター・ウィリアムズの力量によるところが大きいと思います。

マーヴィン・ルロイは『哀愁』などの恋愛ドラマも得意としていた監督。本作の序盤では、競泳と観客と賞状をオーバーラップさせる古典的な映像表現がいかにも陳腐で、大したことないように思われましたが、場面がロンドンに移ったあたりからアネットの活躍が生き生きと描写されるようになります。特にハリウッドで飛び込み台に上がるために階段を登るアネットを俯瞰でとらえたショットが印象的でした。

最後にジョーとアネットを結びつけるために、プロデューサーが身を引く展開などは読めてしまうのですが、可哀そうなのがオーストラリアからロンドンに連れて行かれたカンガルー。旅費を捻出するためにサーカスに売られるその取引明細だけが画面に映されて、カンガルー本人はいつのまにかいなくなってしまいました。サーカスで楽しく暮らせたのでしょうか。気になって仕方ないです。(A102521)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました