新東宝ラインシリーズ第二弾は天知茂が麻薬売春組織の事件に巻き込まれます
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、石井輝男監督の『黒線地帯』です。昭和33年の『白線秘密地帯』からスタートした新東宝ラインシリーズの第二作となる本作は、天知茂演じるトップ屋が麻薬を扱う売春組織から殺人犯の濡れ衣を着せられる巻き込まれ型の無国籍アクション映画になっています。拾い物と言われる『黄線地帯 イエローライン』の猥雑なカラー映像とは違って、本作は陰影の深いモノクロ作品としてワイドスクリーンで製作されています。
【ご覧になる前に】新東宝セクシー女優三原葉子が天知茂の相手役を演じます
新宿の夜の街でコート姿の女を追いかけているのはトップ屋の町田。犯罪組織のネタを掴もうとしている町田は女易者から紹介されたサブという男に女の行方を尋ねますが、飲み物に薬物を盛られて気絶してしまいます。翌朝目覚めると町田の横には絞殺されたコート姿の女が横たわっていて、罠にはめられたことを悟った町田は現場を逃げ出して真犯人を見つけ出すことを決心します。そこへ現れたのはライバル誌の鳥井記者で、飲み物に仕掛けをした女中が聞き込みを受けても町田のことを知らないふりをするのでした…。
石井輝男は太平洋戦争開戦後の昭和17年に東宝に入社して、最初は撮影助手をしていました。戦後、東宝争議が勃発して設立された新東宝に移籍すると助監督になり、成瀬巳喜男の『銀座化粧』『おかあさん』、清水宏の『しいのみ学園』『次郎物語』などの作品で大物監督のもとで助監督として働きます。監督としてデビューしたのは『リングの王者 栄光の世界』で、白井義男が世界フェザー級チャンピオンタイトルマッチで勝利を飾った昭和32年に製作された作品でした。
白井義男の世界チャンピオン獲得は戦後の暗い世相に明るい光を投げかけるビッグニュースでしたので、そのボクシングブームにあやかったのでしょう。石井輝男の監督第二作は『鋼鉄の巨人』で、今度はスーパー・ジャイアンツというヒーローものでした。当時としては子供受けしたのかシリーズものになっていまして、『スーパー・ジャイアンツ 宇宙艇と人工衛星の衝突』まで6作すべてを石井輝男が監督しています。
SFヒーローものから大人の犯罪アクションものに転じて『白線秘密地帯』以降いわゆるラインシリーズがスタートするわけですが、ここで登場したのが三原葉子。淀川長治氏いわく「見るからに安っぽいグラマー」女優で、新東宝のエログロ路線を支えるヴァンプ女優として鳴らした人です。主演の天知茂は新東宝の主軸として月1本ペースで映画出演をこなしていた時期で、アクションスターの天知茂とセクシー女優の三原葉子が交錯したのがラインシリーズだったわけです。
脚本は石井輝男と宮川一朗が共同で書いていて、宮川一朗はスーパージャイアンツシリーズで脚本家デビューした人で、この人は富士映画で製作された『続スーパー・ジャイアンツ 悪魔の化身』ともう一本スーパー・ジャイアンツものを書いたと記録されています。意外なところでは石原裕次郎主演の日活映画『逃亡列車』で池上金男と一緒にシナリオを書いたりしていますね。キャメラマンは吉田重業という人ですが、あまり目立った作品はないようです。
音楽の渡辺宙明もスーパー・ジャイアンツシリーズ出身(笑)で、しかもラインシリーズも『黄線地帯 イエローライン』まで石井輝男に付き合っています。スタッフの中では一番順調にキャリアを重ねて人のようで、新東宝倒産後には東映や日活、大映などで幅広く活躍しています。大映の「忍びの者シリーズ」はぜんぶ渡辺宙明が音楽を書いていますし、キャリア終盤には東映動画のTVアニメの映画化作品のほとんどを担当しています。
【ご覧になった後で】いかにもB級っぽい作りですがそこそこの疾走感でした
いかがでしたか?出だしは好調で夜の新宿を舞台にした追いかけと朝目覚めると女の死体と寝ていたという導入部は期待を持たせる出来栄えでした。しかし天知茂は警察から犯人扱いされて追われる身になるわけではなく、天知茂が犯人ではないかと疑うのはライバル誌の細川俊夫だけで、これでは巻き込まれ型サスペンスになりようがありません。そもそも女がなぜ殺されたのかという事件の謎を解くというストーリー展開になっておらず、天知茂はただ単にサブというポン引きを探すのに苦心惨憺するだけです。
車に勝手に乗り込んできた女子高生の三ツ矢歌子が人形に仕込んだ麻薬の運び屋に間違われるという展開もあまりに偶然で強引過ぎますし、街で知り合った三原葉子が人形店に出入りしていたというのも短絡的で工夫がありません。なぜ警察がブルームーンに天知茂が現れることを察知していたかの説明もなく、三原葉子がバスに乗り損ねて転倒してなぜかひと晩寝込むのもあまりに作り事っぽいです。とにかく脚本の出来は最悪で、ストーリーはあってないようなものでした。
しかし脚本が悪いわりには、退屈せずに見られるのは映像のテンポが良いのとジャジーな音楽がマッチしているからでした。石井輝男の映像演出は言うなればマンガのコマ割のような感じで、サブを見失う俯瞰ショットのつなぎやマネキン倉庫での乱闘を近いところで撮って周囲の状況をわからなくするなどは、マンガでよくある表現のようでした。クライマックスで麻薬組織の親玉と対峙するところではその場にいる人物全員を超クローズアップでカットバックしていくという大胆な手法を用いていて、天知茂と役名のないような売春婦が同じ扱いで映し出されるのが逆に斬新にも感じられました。
そして唐突に出てきたジョーという殺し屋(冒頭での殺人の犯人をやっと見つけたという盛り上げが一切ないのも不思議ですけど)との貨物列車の上での取っ組み合いと川に落ちた後での船の上での殴り合いは、ここまで天知茂にやらせるのかというくらいのハードなアクションが続き、それなりの見応えがありました。こうしたアクションシーンを盛り上げるのが渡辺宙明の音楽で、ブラスセクションを中心にしたアップテンポなジャズが妙に本作の雰囲気にマッチしていて、BGMが流れ出すと途端に映像もリズムを刻み出すような同期性というか一体感というか、相乗効果が感じられました。
天知茂はまあなんとか映画俳優っぽい感じがする一方で、三原葉子はグラマラスな存在感があるもののおまじないの身振りなどは下手過ぎてキュートさがありませんし、組織の黒幕も顔が悪いだけで呆気なく殺されてしまう頓馬にしか見えません。俳優たちも大したことないなという顔触れなのですけど、映像と音楽が重なると、脚本をはじめとした今ひとつの要素が混然一体となって独特な合成物に変化していきます。結果的にはそれがいわゆるB級作品となるわけですが、80分の上映時間を駆け抜ける疾走感のようなものが副産物的に醸し出されるため、駄作と切り捨てるにはやや躊躇いが生じるような、そんな読後感の作品になっていました。
新東宝の映画は予算がないので、ロケーション撮影が多くなるのですが、新宿東映とスケートリンクのネオンサインが見られる新宿歌舞伎町や横浜の外人墓地あたりの住宅街、そしてレンガ倉庫から桜木町まで通っていた貨物線の列車など、昭和35年の風景が記録されているのが見どころになっていました。それらが昭和な日本の風景ではなく、犯罪都市の背景に見えてくるのが、石井輝男の演出によるマジックかもしれません。横浜の人形教室の室内での長いワンショットの移動撮影など、ところどころに才気を感じさせるのも石井輝男ならではの力量が伺える部分でありました。(U060425)
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