「白い巨塔」の田宮二郎が主演した「黒シリーズ」の第一弾です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、増村保造監督の『黒の試走車』です。「試走車」と書いて「テストカー」と読ませるこの映画がヒットしたおかげで、「黒の~」というタイトルの大映映画「黒シリーズ」は昭和39年までの三年間で11作目まで作られることになりました。田宮二郎といえば、昭和41年公開の『白い巨塔』の財前助教授役が圧倒的に印象深く、TVドラマで同じ役をやったあとは「白い滑走路」「白い地平線」などの「白いシリーズ」に連続出演していました。TVでは「白」でしたが、映画では「黒」だったんですね。
【ご覧になる前に】「産業スパイ」の実態をリアルに描いた企業ドラマ
タイガー自動車の企画一課小野田課長は、新しいスポーツカー「パイオニア」の開発責任者ですが、その設計図がライバルであるヤマト自動車の馬渡室長の手に渡っていることに気づきます。タイガー自動車の社内にヤマトのスパイがいるとにらんだ小野田は、部下の朝比奈を使って誰がスパイなのかを探ろうとするのですが…。
平成27年に不正競争防止法が改正されて営業秘密の保護が強化されましたが、企業の知的財産を不正に持ち出したり盗みだしたりする事例は後を絶たず、令和になって過去最高の年間38人が検挙されています。現在は転職も当たり前ですし、コンサルや業務委託が増えて企業の中に他企業の人間が出入りする機会も増えていますが、本作が作られた昭和37年においては、会社に入ることはその企業で一生を送ることとイコールでした。ですからその会社の技術やデザインなどの知的財産は、長年にわたって育成された社員たちが汗水たらして作り上げた共同作業の賜物であり作品でもありました。その完成品を横取りすれば、社員育成コストもかかりませんし、長きに及ぶ開発期間も不要です。産業スパイはライバル企業との競争に勝つうえでも、コスト効率を向上させる意味でも、二重のメリットがあったのです。『黒の試走車』の営業秘密は、まだ市場には普及していないスポーツタイプの自家用車の設計図。さらには製造原価まで盗まれて、結果的には販売価格をどうするかにその影響は及んでいきます。その点では、企業間競争の実態をリアルに的確にとらえた企業ドラマの原型ともいえる作品です。
プリンス自動車(後に日産自動車と合併)が日本車としての初めてのスポーツカーである「スカイラインスポーツ」を発売したのが昭和37年。この車はイタリアのデザイナーであるミケロッティがデザインを担当していて、それまでアメリカの流行を追っていた日本車にとっては画期的な車と評判を呼びました。『黒の試走車』が公開されたのは、このスカイラインスポーツ発売の三か月後。映画を見ると、スポーツカーブームがはじまった世相にまさにぴったりの内容だったことがわかります。梶山季之の原作も同年の出版となっていますから、原作が出てすぐに映画化されたのでしょう。大映という映画会社は永田雅一社長のワンマン会社でしたが、企画としてはまさに機を見るに敏という感じのタイムリーさが感じられます。
【ご覧になった後で】内容にマッチした増村保造の乾いた構図が見事でした
監督の増村保造は、溝口健二や市川崑のもとで助監督をつめた人。でもどちらかといえば市川崑の影響を受けているように思えます。というのも、シネスコサイズの横長画面をいっぱいに使った構図の見事さが、市川崑のスタイリッシュな映像に近い感じがあるからです。増村保造は、同じスパイでも日本軍のスパイを描いた『陸軍中野学校』(昭和41年)でも、この横長画面を活用することになります。開巻まもない試走車を盗撮する場面では急激なパンが使われていますが、そのあとの役員会の会議室の場面からはほとんどフィックス。画面を左右に使ったり、上下を背景で切ったり、俳優を動かして構図を変化させたり、そのフィックス画面が多層的・複層的に見えてくるんですね。それがライティングによって非常にドライな見え方をしていて、映像の組み立てを見ているだけでも満足できる作品でした。
俳優たちも個性派揃いで楽しめました。注目は高松英郎。TVの「柔道一直線」で子どもの頃から親しみがある俳優ですが、本作は高松英郎の出世作のひとつ。濃いめの顔と低く響くバスの声が押し出しの強い企画一課課長にふさわしく、ジャストのキャスティングでした。その正反対のキャラとして出てくる船越英二。大映の主力俳優で、数多くの作品でどちらかといえば優男系の役をやっています。大映倒産後に松竹で出た『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』の名演が忘れられませんね。そして菅井一郎。ヤマト自動車の馬渡という悪役をしたたかな感じで演じていますが、小津安二郎の『麦秋』では温和な父親(なんとその息子が笠智衆!)をやっていましたし、美空ひばりの『悲しき口笛』の放浪紳士ぶりまで、実に幅広い芸域をもっている役者です。最後に控えしは上田吉二郎ですよ。どの映画に出ても一瞬でその映画を上田吉二郎色に染めてしまう超個性的な俳優。本作でも、出てきた瞬間から怪しさ満開で、結果的に二重スパイだったというのもむべなるかなという演技を見せていました。
脇が良いので主役の田宮二郎が、本作では今ひとつ切れ味が悪いように感じられてしまいます。会社に忠誠を尽くすモーレツ社員ぶりを発揮する朝比奈なはずですが、恋人を馬渡に差し出すあたりからちょっとウェットに偏ってきます。最後に会社のために邁進する課長に反旗を翻して、社章をたたきつけて退社してしまうのは、ちょっと正統派過ぎる感じがします。それにしても、船越英二の平木が飛び降り自殺する場面は、会社の顧問弁護士が同席しているにもかかわらず、窓から飛び降りる平木を誰ひとり止めることなく見殺しにしてしまっています。これでは警察の現場検証で自殺教唆か自殺幇助になりかねません。映画としてはドラマチックですが、企業のスパイ合戦をリアルに描いてきた本作にとっては、ややシチュエーション優先の安易な結末でした。1時間半を一気に見せる力がある映画なので、ちょっと惜しかったような気がします。(Y110421)
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