からみ合い(昭和37年)

南條範夫原作の推理小説を小林正樹監督が映画化したにんじんくらぶ作品です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、小林正樹監督の『からみ合い』です。原作を書いた南條範夫は直木賞受賞作家で、どちらかといえば歴史小説や時代小説が本業の人。そんな南條範夫の遺産相続にまつわる推理小説を小林正樹監督が映画化しました。製作は文芸プロダクションにんじんくらぶで、設立者の一人である岸恵子が主演しています。配給は松竹ですが、松竹っぽくない乾いた演出が印象的な作品です。

【ご覧になる前に】末期がんの社長が三億の遺産を誰に渡すか?というお話

大企業の会社社長河原は胃癌を患い余命半年だということを知ります。歳の離れた妻里枝との間に子どもはありませんが、実は河原は別の女性三人に産ませた子が三人いて、秘書の藤井と顧問弁護士の吉田にその子たちを探し出すように命じます。子どもたちを吟味して、自身が残すことになる三億円の遺産をどの子に渡すかを決める算段でした。河原が自宅療養に入ると、秘書やす子は河原邸の一室で秘書業務に従事することになりましたが、寝室に現れた河原によってやす子は身体を奪われてしまうのでした…。

明治末期生まれの南條範夫は、戦前においては帝大卒業後に満鉄調査部東京支社に入ったのを皮切りに大日本帝国のアジア侵略における経済政策をハンドリングする役職を歴任した人物です。戦後には大学の経済学部で金融論や貨幣論などの教鞭をとるかたわら、いろいろな経済団体の委員や理事をつとめました。そんな経済学者としての仕事と並行して小説を書き始めると、昭和31年に「燈台鬼」という作品で直木賞を受賞し、一躍人気作家に躍り出ます。それからめちゃくちゃたくさんの歴史小説・時代小説を書いていますが、特に有名なのはNHKの大河ドラマの原作にもなった「元禄太平記」でしょうか。そんな南條範夫が珍しく推理小説として書き下ろしたのがこの「からみ合い」で、莫大な財産をもった初老の男が死を宣告されるとどうなるのかという、経済というよりは法律の盲点をつくような小説になっているそうです。

監督の小林正樹は、この時期同じくにんじんくらぶが製作した『人間の條件』三部作を完成させたばかりの頃。すぐさま本作を撮って、さらには仲代達矢主演・橋本忍脚本の『切腹』を同じ年に撮るのですから、最も脂の乗った活動期であったのかもしれません。この小林正樹、実は田中絹代と親戚関係にあり、小林正樹の父親が田中絹代とはいとこ同士だったんですね。田中絹代から見れば従兄の子どもが小林正樹ということになり、鎌倉山のいわゆる「絹代御殿」で撮影された田中絹代一家の記念写真には必ず小林正樹が映っていたりします。小林正樹は昭和16年に松竹に入社したのですが、映画界は実力の世界なので入社試験にはあえて田中絹代の親戚であることは伏せて受験したそうです。まあ田中絹代も自分のコネで入ったとしても、それはそれで本人のためにならないと考えていたんでしょうね。

主演の岸恵子はにんじんくらぶを設立した後、昭和32年にフランス人映画監督のイヴ・シャンピと結婚して渡仏しましたので、本作は日本とフランスを往復して女優活動を継続していたころの出演作です。クレジットタイトルとともに銀座の街を高級ファッションに身を包んで闊歩する岸恵子の姿は、本当に日本人離れしたというか日本人の究極というか美人女優そのもので、瞬間的に観客を魅了してしまいます。本作の翌年には一人娘を出産していて、それも本作の因果なのかと感じさせてしまうところがあるのではないでしょうか。

【ご覧になった後で】なかなか上出来に見えて、でも綻びも目立つ推理劇

いかがでしたか?たぶん原作をそのまま踏襲しているのだと思いますが、民法882条に則って「遺産相続は法定相続分の規定よりも遺言が優先される」という原則をうまく活用して描いた社会劇ではあるものの、ちょっとご都合主義で破綻しているところが目立つ展開でした。例えば、本作の家族関係の場合、妻と子は遺言の内容に関わらず遺留分の主張ができますが、話を単純化するためでしょうけれども誰一人その主張をせず、秘書のやす子が総取りするように描かれてしまっています。また、やす子が本当に河原の子を妊娠しているのかどうかが追求されないのも変ではないでしょうか。身代わりを立ててでも財産を狙おうという人たちですよ。それがいくら弁護士が滝沢修で口答えできなさそうであっても、やす子に全部を持っていかれてしまう状況に対してひと言も反論しないのはおかしいですよね。そこを詰められたらやす子の妊娠が嘘であることがバレてしまうわけで、だとすると民法891条「相続人の欠格事由」にある「詐欺によって被相続人に相続に関する遺言をさせた者」に該当することになり、やす子は相続の権利を失うことになるんですから。芳村真理のヌードダンサーの犯罪が発覚して、新聞でもこの遺産相続について大きく取り上げられていた背景を考えると、やす子の嘘が暴かれないという設定は本作の致命的なミスに見えてしまいます。

しつこいようですけど、まだまだ綻びはありまして、千秋実演ずる藤井秘書が戸籍謄本を改竄した事実をつかんだ宮口精二演ずる吉田は、その決定的な証拠を自ら社長に申告することなく、無造作にやす子に託してしまいます。「最後の切り札にとっておく」と言っていた吉田にしては、あまりに迂闊ではないでしょうか。こういう展開はすべて、秘書のやす子が自己主張のない誰の言うことでも聞く従順な女性として登場人物たちに認識されているという設定になっているためだと助け舟を出したいところですが、本作はやす子の主観で語られている設定なので、やす子が他者から信頼されているのかどうか観客に伝わらないんですよね。ここは脚本のまずさでもあり、小林正樹の演出力の限界でもあったのでしょう。

まあケチをつけるのはここまでにしておいて、にんじんくらぶは独立プロダクションでしたので、だからこそ映画界と演劇界のさまざまな俳優が入り混じりながらの演技合戦を見られたわけでありまして、そこが大いなる見どころでありました。山村聰は小津や成瀬の作品に出るときとは打って変わって尊大で不人情な経営者を演じていて、歳をとってからはこのような悪役キャラクターを演ずることが多くなりました。山崎豊子の「華麗なる一族」の独裁者的父親役は、映画では佐分利信がやりましたけどTVドラマでは山村聰がやったのが今でも鮮明に思い出されます。ほかでは、やっぱり宮口精二や滝沢修の巧さが光りますよね。芝居の基本がきちんとできている人が役になりきっているのを見ると、川津祐介なんかは演技が軽く見えてしまいますもんね。

また遺産に群がる魑魅魍魎たちの舞台となる河原社長の邸宅は、セットで組まれた大きな屋敷になっていますが、本作の美術を担当したのは戸田重昌。この人は溝口健二作品の美術監督水谷浩に師事していた人で、本作の三年後に再び小林正樹監督と組んだ『怪談』では、作品のキモとなる美術セットを作りました。上映時間が三時間にも及ぶ『怪談』はその異形ともいえる美術デザインが評価されて同年のカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞するほど作品的には成功を収めたのですが、興行的には大失敗に終わり、美術セットに莫大な金を投下したため製作資金を回収できませんでした。『怪談』を製作したのも実はにんじんくらぶで、『怪談』の大赤字によって結果的ににんじんくらぶは倒産してしまいます。岸恵子は『怪談』の「雪女」のエピソードに出演したのですが、カンヌ映画祭での上映バージョンでは上映時間が長過ぎるということで「雪女」はまるまるカットされたといいますから、にんじんくらぶ設立者の岸恵子としては、踏んだり蹴ったりの結果になったのです。もちろんそんなことは『からみ合い』を撮影しているときには予想もしないことだったでしょう。(Y020722)

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