荒野の用心棒(1964年)

イタリアで作られた西部劇「マカロニウエスタン」はここから始まりました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』です。イタリア製西部劇「マカロニウエスタン」はこの作品から始まったともいえる映画史においては記念碑的作品で、クリント・イーストウッドにとっては映画での初主演作となりました。日本で1965年に公開されたことで、黒澤明監督の『用心棒』の盗作ではないかと騒ぎとなり、黒澤明が自らセルジオ・レオーネに「これは私の映画であり、あなたの映画ではない」と手紙を書き、東宝と黒澤プロは賠償金とアジアでの配給権を得ることになりました。そんなゴタゴタがあってアメリカでの公開は1967年にズレこんだといういわくつきの作品でもあります。

【ご覧になる前に】レオーネ、モリコーネ、イーストウッドにとっての出世作

荒野のある町にひとりのガンマンがやってきます。町はずれで子供が母親から引き離されるところを見かけたガンマンは、酒場の主人からこの町ではバクスター保安官とロホス兄弟の二つの勢力が争い合っているからすぐに町から立ち去るように進言されます。ガンマンは早速因縁をつけてきたバクスターの手下4人を早撃ちで片づけ、その腕前を見せつけられたロホスは彼を100ドルで雇い入れることにします。そこへ帰って来たのが子供の母親を情婦として取り上げたロホス兄弟の三男ラモンで、ロホス兄弟は町に立ち寄った騎兵隊から金貨を強奪する作戦を実行しようとしていました…。

イタリア映画はサイレント時代から西部劇のようなものを作っていたようで、本作以前にも合計すると20数本のイタリア製西部劇が作られていたそうです。イタリア映画界は1950年代後半には、ハリウッドで史劇が流行したことから本場イタリアを舞台にした歴史劇が大量に作られていました。まあ日本映画における時代劇のようなものでしょうか。しかしそれも1960年代になると廃れてしまい、次なるネタとして西部劇が着目されて、本作ではじめてイタリア以外の世界マーケットに向けて、イタリア・西ドイツ・スペイン合作によるイタリア製西部劇が作られることになったのでした。

黒澤明の『用心棒』に感銘を受けた監督のセルジオ・レオーネは、そのまま西部劇に翻案した脚本を仕上げました。レオーネの父親はイタリア映画勃興期に映画監督として活躍した人で、レオーネ自身も子供の頃から撮影現場に親しんでしたため、親の反対に合ったものの映画界に身を投じたんだとか。イタリア歴史劇の現場で修業をつみ、ウィリアム・ワイラー監督の『ベン・ハー』もイタリアで撮影した場面があったらしく、その手伝いなどもしたようです。この『荒野の用心棒』はレオーネにとっては三作目の監督作品ですが、前の二作はともに歴史劇で特に『ロード島の要塞』はMGMの資本が入って作られたそうなので、本作でアメリカにも通用する監督として起用されたのかもしれません。

音楽を担当したエンニオ・モリコーネはセルジオ・レオーネとは幼年時代に同じ学校に通っていたという旧友同士で、モリコーネは前年に公開されたカトリーヌ・スパーク主演の『太陽の下の18才』ですでに「ゴーカート・ツイスト」というヒット曲を生み出すなど注目はされていましたが、世界的な名声を得たのはやっぱり本作をはじめたとしたマカロニウエスタンの作曲家としての業績があったからでした。「ゴーカート・ツイスト」はムーンライダーズによって映画をテーマにした「カメラ=万年筆」というアルバムで取り上げられているくらい日本でもおなじみになっています。

ロケ地をスペインにすることで製作費を25%くらい削減できるメリットがあったそうですが、西部劇なんだから主演俳優はアメリカから招聘しようということになり、ヘンリー・フォンダやチャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーンらにオファーを出したものの交渉はことごとく失敗に終わりました。そこで目をつけられたのはTVシリーズ「ローハイド」で準主役を演じていたクリント・イーストウッド。「ローハイド」のシーズン切り替えでスケジュールが空いていたイーストウッドは、TV出演時の契約項目にハリウッド映画への出演禁止が盛り込まれていたため、イタリア映画なら出演可能だと知り半ばヨーロッパ観光をする気分で15000ドルという破格に低いギャラの仕事を受けることにしました。ここらへんはクエンティン・タランティーノが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で描いた通りだったようです。

シルエットアニメーションを使用した印象的なタイトルデザインはルイジ・ラルダーニによるもの。キャメラマンのマッシモ・ダラマーノはセルジオ・レオーネとは『夕陽のガンマン』でも続けてコンビを組んでいます。また情婦マリソル役のマリアンネ・コッホは当時の西ドイツを代表する女優さんだったそうで、本作出演時には「なんでこんな映画に出るの!」という反応だったそうです。1970年代には映画界を引退して医学博士として著作を発表するなど活躍したといいますから、余計になぜ海のものとも山のものとも知れぬイタリア映画でならず者の情婦役を引き受けたのか、興味の沸くところではありますね。

【ご覧になった後で】ほとんど『用心棒』そのままで工夫が足りませんでした

いかがでしたか?子供の頃にTVで見たときには逆に黒澤明の『用心棒』を見たことがなかったので驚きませんでしたが、今あらためて再見するとほとんどそのまんまでもう少し工夫してもよかったんじゃなかと思ってしまうほど『用心棒』のなぞりになっていました。二つの悪党が対立している設定、腕が立つのをいいことに有利な方につく主人公、主人公のライバルとなる殺気立った末弟、情婦として囲われた妻を夫に返してやる人情味、それがバレてリンチを受ける主人公、棺桶を利用して酒場の主人と棺桶屋に助けられる展開、酒場の主人を助けるための対決、ふらりと立ち去るエンディングなどなど。『荒野の用心棒』のオリジナルな点はラモンが心臓しか狙わないというところを逆手にとった鉄板ガードの着用でしたけど、倒れては起きるを繰り返すうちに頭を撃たれる懸念があるわけで、まあラモンのバカさ加減が際立つ結果にはなっていましたね。

1960年代はまだ著作権の考え方が世界的に普及していなかったということもありますが、ここまでそっくりさんが出てきてしまうと黒澤明も東宝も見過ごすわけにはいかなかったんでしょう。東宝東和の設立者でもあった川喜多長政が交渉役になって結果的には賠償金10万ドルとアジアでの配給権と全世界配給収入の15%という条件をイタリア側がのむことで決着したそうで、『用心棒』は東宝と黒澤プロダクションの共同製作作品でしたので両社にそれなりのお金が入ったんだと思います。黒澤明はのちに『用心棒』自体よりはるかに儲かったと述懐したそうですから、オリジナルを創作した著作権の重要性を双方ともに認識したことでしょう。ちなみに本作の英語タイトル「A Fistful of dollars」はもとは「The Magnificent Stranger」だったそうで「すばらしきよそ者」というような意味でしょうか。この題名もなんだか『七人の侍』をジョン・スタージェス監督がアメリカ映画に翻案した『荒野の七人』の英語名「The Magnificent Seven」を真似ている感じがしてしまいますから、セルジオ・レオーネも確信犯的にやっていたのかもしれません。

とはいえ、クリント・イーストウッドの主人公は三船敏郎のような豪快なイメージはなく、冷静沈着な策士的な雰囲気があるのと無表情を貫いているので、情婦を助ける場面ではその動機が伝わらない感じがしました。いつも短い葉巻を吸っている設定で、これはタバコを吸わないイーストウッドが葉巻を三等分して加えることを思いついてセルジオ・レオーネに提案したスタイルなんだそうです。まだマカロニウエスタンが確立していない時期だったので、西部劇としてどのような美術や小道具が必要かの知識がイタリア側スタッフに欠けていて、イーストウッドがアメリカから衣裳を持ち込んだり現地で助言したりして、主人公の造形をつくりあげたとか。しかし本作の主人公が、マカロニウエスタンをはじめとしたアンチヒーローの原型になっていくわけですので、イーストウッドはこの当時からプロデューサーや監督としての才覚を持っていたんでしょうね。

セルジオ・レオーネの演出も画面の手前に顔や靴のアップをもってきて、奥に町の風景や決闘相手を映すというパンフォーカスを活かした極端に奥行きのある構図を好んで使っていました。無駄なクローズアップショットが実に多くて、特にロホス一味の下っ端までドアップで顔が映し出されるので「この人誰だっけ」的なショットも満載されています。もちろんその下っ端が重要なわけではなく、単に演出のリズム感として悪役側の顔のドアップを連射することが必要だったわけですが、このようないわゆるマンガ的というか誇張された映像感覚は正統派の製作現場ではなかなか生まれてこないので、イタリア映画のしかもエセ西部劇だからこそ、セルジオ・レオーネの映像センスが生のまま映画にできたのかもしれません。

エンニオ・モリコーネの主題曲はもとは子守歌用のメロディだったそうですが、アレンジによって荒々しさが増したと同時に哀愁を帯びた孤独感みたいなものが強調されていたと思います。セルジオ・レオーネはモリコーネの曲を優先してシーンの尺を伸ばしたりしたそうですが、本作ではまだ映像と音楽の一体化は完成の域を見ておりません。けれど『続・夕陽のガンマン』での映像と音楽の完全一致化に至る原点がこの映画だと思うと、出来栄えは黒澤映画のパクリだとしても、やっぱり本作は映画史において重要な一本だったといって良いのかもしれません。(V010723)

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