加山雄三の「若大将シリーズ」の原型となった学生青春スポーツ映画です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、清水宏監督の『大学の若旦那』です。この映画はクレジットに「蒲田映画」と出るように戦前の松竹蒲田撮影所で作られました。戦後になって、加山雄三が東宝に俳優として入ったとき、東宝の名物プロデューサー藤本真澄は「今度、加山で若旦那ものをやろうと思うんだ」と脚本家田波靖男に企画アイディアを披露しました。この『大学の若旦那』こそ、あの「若大将シリーズ」のモデルとなった作品。実家の大店、大学、運動部、うるさい父親とやさしい妹、学友、そして恋人。若大将シリーズの基本設定はほとんどすべてこの『大学の若旦那』のパクリと言ってよいかもしれません。昭和8年製作の映画ですし、パートトーキーの無声映画で、白黒の画質も悪いのですが、若大将を思い浮かべながら見ると、なんだかにやけてきてしまう楽しい作品なのです。
【ご覧になる前に】当時の大学やレビューの様子がしっかりと描かれています
藤井実は老舗醤油問屋丸藤の長男。大学ではラグビー部のレギュラー選手で、女学生や芸者から大いにモテています。実の父親は、上の妹の結婚が決まったので、下の妹は店の番頭忠一と一緒にさせて店を継がせたいと思っています。しかし忠一はある芸者に入れ込んでいて、その芸者は実のことを追い回していたのでした…。
若旦那藤井実を演じるのは藤井貢という俳優。まさにこの人のために作られた映画のようで、「若旦那シリーズ」としては『大学の若旦那・武勇伝』『太平楽』『日本晴れ』『大学を出た若旦那』と二年間で第五作まで次々と製作されました。実はこの藤井貢は元ラグビー選手。慶応大学でラグビー部に所属していて日本代表にも選ばれたのですが、ケガをして俳優に転じたのだとか。だからこの「若旦那シリーズ」の設定は、藤井貢本人のプロフィルをそのまま使っていたわけですね。脇役も戦前の松竹映画でよく見る顔ぶれが勢ぞろい。叔父さん役の坂本武と婿役の斎藤達雄は、ともにサイレント時代の小津映画の常連。ラグビー部の同輩の日守新一とレビューガールの逢初夢子は戦後すぐに『安城家の舞踏會』で共演しています。後輩役の三井秀男は小津の『非常線の女』で似たような役をやったばかりで、本作はそのパロディ的配役だったのかもしれません。三井秀男は三井弘次と名前を変えて、黒澤映画で新聞記者役の常連になります。
監督の清水宏は戦前の松竹を支えた名監督のひとり。『有りがたうさん』や『按摩と女』などでは、ロケーション撮影や移動撮影を多用した演出を見せています。実はデビューしたばかりの田中絹代と恋に落ち、監督と新人女優との恋愛だったので、撮影所長の城戸四郎から「試験結婚」しか認められなかった人ということでも有名です。その試験結婚は結局はうまく行かず、田中絹代とは二年ほどで別れてしまったそうです。
同じ松竹ということで、松竹歌劇団のレビューシーンが出てきますが、これが実に豪華絢爛。しっかりとした劇場に、立体的なステージが作られて衣裳もあでやか。昭和初期にはこういったレビューが大衆に大いに支持されていたんだな、ということがわかる貴重なフィルムでもあります。
【ご覧になった後で】清水宏監督による縦と横の構図、そして移動撮影
いかがでしたか。若大将シリーズのように雄一と澄子さんの恋が実って歌を歌って終わり、ではなく、ロッカールームでシャワーを浴びながら泣き濡れる若旦那の背中で終わるという、なんとも切ない幕切れでびっくりしましたね。しかしながら、大学の風景や着物姿の女性(女学生はまだそんなにいない時代なので芸者なんでしょうか)やラグビーの練習風景や部員とともに飲み騒ぐ料亭など、当時のキャンパスライフがわかりやすく描かれていました。また、クライマックスは若大将シリーズと同様にライバル校との決戦。このラグビーの試合は実況とともにかなり詳細に描かれていました。主人公は13番のセンターバック。なんと今のラグビーでも通用しそうなキックパスを使って逆サイドを疾走するウィングにボールを渡してトライをとります。トライすると3点、ゴールキックは2点、ドロップキックは4点と、今の得点と違うところも勉強になりました(まあ、ラグビーはしょっちゅうルール改正があるので、この時点でのカウントルールだったのかもですが)。若大将シリーズの雄一は京南大学でしたが、藤井実は「A大学」。ライバル校の「B大学」とともに笑ってしまう大学名ですが、ニコライ堂の近くにキャンパスがあるようなので明治大学のようにも見えますし、練習着の胸には「K」の文字があるので慶応大学のようでもありますが、ここらへんも当時はおおらかで、シナリオで仮につけておいた「A大学」がそのまま通ってしまったのかもしれません。
ややゆるめの映画のようにも思えますが、清水宏の映像はなかなか目を見張るものがあります。というのはこの映画、ほとんど縦または横の構図で出来あがっているんですね。応援団長が長机のいちばん奥で手拍子をとるのを真正面から撮った「縦」の構図。または、醤油問屋の入り口から外の道を映した「横」の構図。この繰り返しが、映画全体をスタティックにスタイリッシュに見せているので、ストーリーはゆるくても、映像作品としては骨格がしっかりとしています。藤井がレビューガールがいる部屋の前で後輩を殴る場面を思い出してください。廊下を縦に両方向から撮ったショットを交互につないでいるので、一瞬どちらからの絵なのかわからなくなるほどです。一方で、ラグビーの試合のシーンは移動撮影を自在に使いこなして、それまでパンやティルトさえ使わなかった映像が、実に躍動感あふれたダイナミックなゲーム展開を描いていきます。軽い題材を自らの技法に寄せて作ってしまう清水宏は、量産型映画監督のひとりですが、映画職人としての腕の見せ所は絶対に外さない作家的側面を持っていたのでしょう。
さらに遊びの部分も冴えていましたね。若旦那がカブトムシを使って二階から階下の金入れからお札をくすねる場面。カブトムシの足に札をからませて、糸で釣り上げるアイディアは、まるでマンガのようです。また、三井秀男の部屋に貼ってある外国映画のポスター。こうした小道具の使い方は小津安二郎との共通点ですが、ここでは「The Eagle and the Hawk」という映画のポスターが大写しになっていました。どうやら日本未公開作品のようですが、なぜこの映画のポスターでなければならなかったのかがちょっと謎なところです。(Y101021)
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