クリント・イーストウッドが初めてドン・シーゲル監督と組んだ刑事ものです
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ドン・シーゲル監督の『マンハッタン無宿』です。マカロニウエスタンで大成功を収めたクリント・イーストウッドは、マルパソ・プロダクションを設立して自ら製作に関与する体制を整えました。ハリウッドに戻ったイーストウッドがユニバーサルスタジオと共同して作ったのが本作で、イーストウッドはユニバーサルから100万ドルの出演料を獲得するとともに、本作でドン・シーゲル監督と知己を得ます。イーストウッドとドン・シーゲルは本作以降合計5作品でコンビを組むことになりました。
【ご覧になる前に】主人公のクーガンはアリゾナ州の保安官補という設定です
荒野でジープを飛ばすアリゾナ州保安官補のクーガンは、ライフルを持ったアメリカ先住民の男を捕まえます。恋人の家で休息をとっていると、保安官からニューヨークで収監されているリンガーマンの身柄を引き取ってくるよう命じられます。旅客ヘリコプターでパンナムビルのヘリポートに着いたクーガンはニューヨーク市警のマクロイ警部補にリンガーマンの引き渡しを要求しますが、薬物中毒で入院中なので裁判所手続きが終わるまで待てと告げられます。クーガンは警察署で知り合った保護官のジュリーに声をかけ、家まで行きますが5分で追い出されてしまいました…。
クリント・イーストウッドはユニバーサル映画で週給100ドルでエキストラ出演するなどして俳優としてのキャリアをスタートさせました。しかしなかなか目が出ずユニバーサルを解雇され、代理人が探してきたのがTV業界の西部劇ドラマへの出演でした。それが「ローハイド」のロディ役で、TV出演をきっかけにしてイーストウッドはセルジオ・レオーネ監督の「ドル箱三部作」出演のチャンスを掴み、ハリウッドに凱旋したのです。大スターになったクリント・イーストウッドに対して、かつて彼を解雇したユニバーサルは、マルパソ・プロダクションを設立して製作にも乗り出していたイーストウッドに、共同製作と出演料100万ドルを申し入れ、和解が成立したといわれています。
製作にあたって監督として紹介されたのがドン・シーゲルで、戦後すぐにワーナーで監督としてデビューしたドン・シーゲルはB級映画から抜け出せず、TVドラマの演出で生活費を稼いでいました。しかしユニバーサルで作ったリー・マーヴィン主演の『殺人者たち』が高評価を得て、ユニバーサルとしてもドン・シーゲルを活用しようとしていたようで、クリント・イーストウッド主演作での監督に起用されることになったんだとか。二人は互いの作品を知らなかったようですが、意気投合することになり、『真昼の死闘』『白い肌の異常な夜』『ダーティハリー』とコンビ作品を連発していくのでした。
脚本はもとはTVドラマ用のオリジナルとして企画されたものを、「ローハイド」の脚本家だったハーマン・ミラーとジャック・レアードが書き上げました。その後に数人がシナリオに関与したようですが、特にビッグネームのライターは参加していないようです。この『マンハッタン無宿』の設定をハーマン・ミラーはTVドラマに逆利用して、「警部マクロード」としてデニス・ウィーバー主演のシリーズになりました。
共演者には『十二人の怒れる男』や『エクソシスト』など1950年代から70年代に活躍したリー・J・コッブが起用され、女優では『刑事マディガン』に出演したばかりのスーザン・クラークが出演しています。この人の出演作は他には『エアポート’75』が目立つ程度で、あまり活躍できなかったようです。また、音楽を担当しているラロ・シフリンは、『暴力脱獄』でアカデミー賞のノミネートされて、『ブリット』の音楽で注目されていた時期。本作以降は1970年代のアクション映画に欠かせない作曲家になっていきます。
【ご覧になった後で】TV業界のスタッフが中心だけにTVっぽい作りでしたね
いかがでしたか?脚本のハーマン・ミラーも監督のドン・シーゲルもTV業界で活躍していた人たちだかたかもしれませんが、全編すべてTVドラマを見ているような感じがしてしまい、クリント・イーストウッドの若さも相まって、アクション映画としての工夫が足りませんでした。すべての場面にイーストウッドが出ているので、当然のことながらイーストウッドが目立つようにしか撮られていませんし、ショットのメリハリや構図のこだわりなどがほとんど感じられず、キャメラはひたすらイーストウッドを写すことだけに専念していたようです。
ところがイーストウッドを写しっぱなしにしているわりには、ヘリポートの呼び出し電話に安易に出て後ろから殴り倒されてしまいますし、乗り込んでいったビリヤード場では多勢に無勢で打ちのめされただけに終わります。背の低い金髪美人テーシャ・スターリングに連れられて逃亡犯ドン・ストラウドを発見したのは良いのですが、すぐにバイクで逃げられ取り逃がすところ、なぜか突然現れたリー・J・コッブに遭遇して逆戻りしてきた犯人をやっとのことで捕まえるという体たらくでした。このようにアクションに躍動感がなく、態度だけデカくて失敗も多いので、イーストウッド演じるクーガン保安官補が本当の田舎者にしか見えなくなってくるのが欠点でした。
やっとのことでつかまえた犯人はリー・J・コッブの手に渡り、結局裁判所の認可が下りるまで待てと言われたイーストウッドは、手続きの完了を待ってドン・ストラウドとともにヘリコプターに乗り込むラストとなります。いやいや、それなら勝手に暴走して身柄拘束しようとしたクーガンがアホみたいなひとりよがりをしていただけになってしまいますよね。最初から手続き完了まで観光でもして待っていればよかったんですから。加えて犯人に逃げられたときに銃を奪われたという設定が、黒澤明の『野良犬』のパクリだとしても、そのシチュエーションを生かせばもっと緊張感のあるストーリーができたはずです。でもドン・ストラウドはイーストウッドを見た途端にすべての弾丸を無駄撃ちして、銃を捨ててしまいます。そんなことだったら、銃を奪われるなんて展開にしなきゃよかったじゃないスか。本当に脚本の出来の悪さにはあきれてものが言えないくらいでした。
おまけに最後のスーザン・クラークの真っ赤な衣装は何でしょうか?突然ヘリコプターに駆けていく赤い服の女性が映るので、背も低そうだからテーシャ・スターリングかと勘違いしてしまいました。キャラクターの描き分けもできていないので、本作だけ見ると、監督としてのドン・シーゲルの力量を疑ってしまったことでしょう。クレジットでは「ドナルド・シーゲル」名義でしたから、まあドン・シーゲルとしてはまだ本気を出していなかったのかもしれませんね。(V092324)
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