赤坂の料亭を舞台にした三人姉妹の物語を川島雄三監督が映画化しました
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、川島雄三監督の『赤坂の姉妹より 夜の肌』です。原作は由起しげ子の「赤坂の姉妹」で、発表されてすぐに映画化されました。が、この映画のタイトルがややこしくて、公開時のポスターを見ると「夜の肌」が大きく書かれてある横に、サブタイトル的に「「赤坂の姉妹」より」と記載されています。だとするとメインタイトルは「夜の肌」なんでしょうけど、映画の中身は「赤坂の姉妹」そのもの。なんでこんな三流エロ小説のようなヘンテコな題名にしてしまったんでしょうか。三姉妹の長女と次女を淡島千景・新珠三千代が演じていて、その演技合戦が見どころです。
【ご覧になる前に】赤坂の歴史と瓦屋根の料亭の風景が記録されています
長野から上京してきた鳴海冬子は赤坂で小さなバーを営んでいる姉の夏生を訪ねます。夏生は隣家の印刷屋の土地にバーを拡張しようとしていますが、冬子は早速その印刷屋夫婦と仲良くなって下宿することに決めてしまいました。かたや夏生と同居している次女の秋江はブローカーまがいの仕事をしている潤ちゃんに夢中ですが、その男はかつて夏生と付き合っていたことがあるのでした…。
映画の舞台赤坂は、江戸時代には紀州徳川家などの大名屋敷が建ち並ぶ町でした。明治になるとそれらの武家屋敷は田舎から出てきた新政府役人の居所になったり、軍施設の用地に転用されたりしたそうです。本作で「テレビ東京」の名称で出てくるTBSは、元安芸藩松平家の屋敷が近衛師団の軍用地になった跡地に建てられました。そうした屋敷町に隣接したところに江戸の小川の水が集まってできたのが溜池。かつては蛍が飛び交った自然豊かな溜池でしたが、その光を見物するお茶屋ができ、それが料亭となり花街へと発展していったそうです。永田町と隣り合わせの赤坂の料亭は、政治家の密談の舞台となり、そこに芸者が呼ばれ、最盛期には芸者置屋が70軒もあったといい、それまで東京の花街を代表していた新橋を追い抜くほど隆盛を極めたのでした。
本作はまさに赤坂が右肩上がりに成長していく真っ盛りの昭和35年に作られました。東京タワーの完成が昭和33年、TBSの本館ビル竣工が昭和36年、そして東京オリンピックが昭和39年に開催されるという高度成長期の真っ只中です。一方で政治の世界は、いわゆる「60年安保闘争」の時期で、安保条約改定の反対運動は学生や市民を巻き込んで、国会周辺は常にデモ隊と右翼団体と機動隊がにらみ合う一触即発の状態が続いていました。本作の冒頭で冬子が国会議事堂の門に花を手向ける場面が出てきますが、これはデモ隊と機動隊の衝突時に圧死した樺美智子さんに捧げられたもの。このように混乱する政治とその政治の裏側の舞台となって隆盛する赤坂の街を描いた原作をタイムリーに映画化した作品がこの『夜の肌』なのです。この背景からしても、この題名はまったく場違いですよね。
監督の川島雄三は、もとは松竹でプログラムピクチャーを多く作っていましたが、日活へ移籍すると世相を反映したシニカルな喜劇を連打し、その中から傑作『幕末太陽傳』が生まれました。本作は日活から東宝系の東京映画に移籍してからの作品。難病のALSに冒されていた川島雄三は本作の三年後に四十五歳の若さで急逝することになります。
かたや主演の二人の女優に注目です。本作出演時、淡島千景は三十六歳、新珠三千代三十歳。二人はともに宝塚歌劇団出身で、退団後淡島千景は松竹に入ってその後フリーに、新珠三千代は日活から東宝に移籍した時期でした。女優として最も脂の乗ったときの二大宝塚出身女優の共演が当時話題になった、のでしょうか、それは定かではありません。
【ご覧になった後で】タイトルは「赤坂の三姉妹」のほうがよかったかも
しつこいようですが『夜の肌』って一体何なんでしょうね。チェーホフの「三人姉妹」がモチーフとして取り上げられていますので、それにならって「赤坂の三姉妹」にしておけば本作の内容にも合致して、原作にも配慮できたんではなかったでしょうか。ということで、対照的な三姉妹が本作の見どころであり、中核でもありましたが、現在的な視点でみると、夏生の生き方が最も真っ当に見えてしまうのはなぜでしょう。仕事も性格も信条も信用できない潤ちゃんのような男性を追って、ブラジルまで行こうとする秋江。奇妙な仲間たちの影響で、自分とは関係のない北海道の労働争議に首を突っ込んで負傷する冬子。こうした女性像が共感を呼んだ時代だったんでしょうかね。まあ原作者の由起しげ子という人も戦後に復活してすぐの芥川賞受賞作家ということですが、今では忘れられた人ですので、物語に普遍的な力はなく、時流にのった流行作家だったのかもしれません。
それはともかく本作の一番の見ものは淡島千景と新珠三千代のキャットバトル!このシーンは長回しを使っているだけに、キャメラアングルやカッティングのような映像的演出ではなく、女優二人の演技そのものだけで見せているのが最大級に面白いところです。掴み合い、叩き合い、ものの投げ合いと続き、やがて取っ組み合いになり、ぜいぜいと息があがって引き離されるという展開は、がっぷり四つというよりは、技を出し合い土俵全体を使って相手をつかまえようとする小兵同士の大相撲のようです。これは一発OKだったんでしょうかね。もしこれでリハーサルを何度もやらされていたら、体力的にもたないでしょうね。
男優陣も負けてはいなくて、特筆すべきは伊藤雄之助。立ち居振る舞いやしゃべり方など見事に政治家を戯画化していました。伊藤雄之助があまりに怪演過ぎるので、三橋達也がやや軟弱で中途半端な感じに見えてしまうくらいです。そして冬子を取り囲む学生運動チームの中に、若き日の蜷川幸雄と「太陽にほえろ!」のヤマさんこと露口茂が出ていたんですね。見終わった後にキャストを調べていてはじめて気づかされたのですが、あまりに変わっていて、どこの誰が本人だったのかさっぱりわかりません。そして、影の主演男優賞はナレーションを担当した加藤武ではないでしょうか。あの声はどっかで聞いたことあるなーと思っていたのですが、やっぱり加藤武でした。ちなみに加藤武はフランキー堺や仲谷昇とは麻布中学の同級生だったそうです。この加藤武のナレーションがあまりに軽妙で飄逸なので、映画があっさり終わってしまうのが余計残念に感じられます。どうせなら締めの言葉を加藤武のナレーションで入れてほしかったスね。
加藤武のナレーションでも紹介された豊川稲荷東京別院。愛知県にある豊川稲荷の唯一の別院だそうで、元は大岡越前守が大岡家の出身地三河で信仰していた豊川稲荷に対して江戸で別院をもつよう誘致してできたものだとか。大岡家の下屋敷が移転したのに伴って別院も赤坂の地に移りました。豊川稲荷は日本三大稲荷のひとつで、商売繁盛祈願で全国から人が集まる神社ですから、赤坂の別院では料亭や芸者の参拝者が集まるようになりました。その習慣が芸能界関係者に受け継がれていて、ジャニーズ事務所の初詣はこの東京別院に決まっているんだそうですよ。(T12102021)
コメント