男優が三人が共演する「三羽烏もの」は松竹映画のお得意のパターンです
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、野村芳太郎監督の『青春三羽烏』です。松竹といえば、男優をトリオで組ませて「三羽烏」と称するのを得意としていましたが、本作で共演しているのは高橋貞二、川喜多雄二、三橋達也の三人。そして監督はのちに松本清張ものでその実力を発揮して、ついには松竹最大のヒット作『砂の器』を作ることになる野村芳太郎。そんな野村芳太郎も若いときは本作のようなプログラムピクチャーの監督をして、現場修業に明け暮れていたんですね。GHQの占領が終わり、いよいよ日本が明日に向って動き出そうという時期の、足が地につかないような軽さが感じられる一編です。
【ご覧になる前に】雑誌「平凡」に連載されたユーモア小説の映画化です
獣医大学に通う中ノ目覚は母親と妹との三人暮らしですが、家には覚の親友牧野が下宿しています。牧野と覚の妹は互いに好き合う仲なのに、きちんと互いの気持ちを確かめ合うことができません。覚のもう一人の親友沖倉は、生地問屋の実家を継がなくてもよい次男坊であることから、良家の娘をつかまえて婿養子に収まろうと画策しています。沖倉は結婚相手の見学に覚を連れ出すのですが…。
敗戦後の日本は食糧難の時代でしたが、同時に人々は娯楽にも飢えていました。その飢餓感を癒したのが雑誌。多くの出版社が軽い読み物を掲載した月刊誌や週刊誌を次々に発刊する中で、凡人社による雑誌「平凡」は昭和25年に三十万部だった発行部数が五年後の昭和30年にはなんと百三十万部に達するほどの人気ぶりでした。そんな「平凡」にユーモア小説を連載していたのが佐々木邦(ささきくに)。佐々木はサラリーマン家庭を舞台にした健全な小市民生活を明朗に描く作品を大量生産する人気作家として活躍しました。本作はその佐々木の原作を野村芳太郎らが脚色して映画化したもの。主人公の男優三人が結婚相手を見つけるという他愛のないお話で、当時の若者にとって結婚が人生を決める一大イベントであったことが伺えるストーリーになっています。
高橋貞二、川喜多雄二、三橋達也の三人が出演しているのですが、この三人は本作だけの三羽烏であって、松竹映画における正式な三羽烏ではありません。戦前の三羽烏は昭和12年公開の『婚約三羽烏』に出演した上原謙、佐野周二、佐分利信の三人。言うまでもなく上原謙は加山雄三の、佐野周二は関口宏の父親ですね。戦後になって映画製作が再開されると、松竹は佐田啓二、高橋貞二、鶴田浩二を三羽烏として売り出しますが、鶴田浩二が昭和27年に松竹から独立したため、三人体制が崩壊してしまいました。本作はその直後に製作されていますので、松竹の思惑が崩れどの三人を三羽烏にすべきか定まっていない時期の作品でした。昭和31年の『角帽三羽烏』は高橋貞二、川喜多雄二、大木実(野村芳太郎の『張込み』で宮口精二とコンビを組む刑事役が有名です)の三人ですが、同年暮れの『三羽烏再会す』は川喜多雄二、大木実、渡辺文雄(のちに大島渚とともに創造社を結成する東京大学出身の俳優)の三人になるなど、もう誰でもいいから三人集まれば三羽烏と称していた時期もあったようです。そして昭和34年に松竹映画三千本記念映画と銘打って作られた『三羽烏三代記』は、新旧三代の三羽烏が一同に会するという企画もの。ここでは元祖三羽烏は上原謙、佐野周二、佐分利信の三人で不動ですが、新三羽烏は高橋貞二、大木実、佐田啓二の組み合わせに変更。そして三代目三羽烏として小坂一也、三上真一郎、山本豊三の三人が指名されます(小坂一也以外はどんな俳優なのかよくわかりません)。まあ、二番煎じを狙ったにしてはずいぶんといい加減な売り出し方で、松竹映画のいい加減さというか一貫性のなさが表れていると思います。
一方で脇を固めるのが東山千栄子、北竜二、日守新一。三人とも小津作品に出演していますから、安定した演技でいい加減な三羽烏の三人を支えています。結婚相手となる三人の女優は、名前を残せなかった人たちのようで、確かに見ていても誰が誰だかわからなくなるほど個性のない似たような顔をしています。当時は毎週二本立ての興行が中心でしたから、松竹でもトップ女優ではない二番手女優がたくさんいて、次から次へと九巻もののプログラムピクチャーを大量生産していたのでしょう。
【ご覧になった後で】上原・佐野・佐分利の三人には比べようもないですな
うーん、三羽烏と名乗るのもおこがましいくらい、本作の三人は主役としては魅力もないですしスケール感にも乏しくて、上原謙、佐野周二、佐分利信の絶対的存在感とは比べようもありません。特に牧野を演じる川喜多雄二。どっかで見たことある人だなーと思っていたら、『君の名は』の浜口さんではありませんか。真知子と結婚したのに、春樹が忘れられない真知子を母親と一緒になってじわじわ責め立てる陰湿なあの夫ですよ。本作では優柔不断な情けない役をやっていますが、どうしても浜口のイメージがダブってきてしまいます。おまけに随所に『君の名は』の楽屋落ち場面が出てきて、確かに同じ年に公開されて大ヒットした『君の名は』をパロディ的に取り上げることで笑いをとろうという戦術なのでしょうが、こと川喜多雄二に関してはマイナス効果しかありませんでした。
三橋達也は若いときは日活で活躍していますので、松竹映画に出演しているのが不思議でしたが、経歴を見てみるとのちに東映になる大泉撮影所に入って、大映・新東宝と渡り歩いて、たまたまこのとき松竹に在籍していたのだとか。ですので三羽烏の一人として出演したものの、翌年には松竹を出て日活に移籍しているのでした。本作では日活でのどうしようもなくだらしない男を得意とする三橋達也の片鱗を見せていますね。
そして高橋貞二は、確かに味のある役者ではありますけれども、主役を張るキャラではないなと感じてしまいます。小津作品での個性が際立つ脇役のほうが高橋貞二の柄に合っているのでしょう。その意味でやっぱり小津安二郎のキャスティングは見事だったという証明にはなっているかもしれません。高橋貞二は本作出演時には二十七歳。松竹の看板男優の一人として月一本くらいの高頻度で映画出演を繰り返し、昭和34年春に結婚。その年の暮れ、横浜駅前で自ら運転するメルセデス・ベンツが市電に突っ込み大破。三十三歳の若さで交通事故死してしまいます。同じ三羽烏の佐田啓二は運転手のミスによって箱根で事故死していますから、松竹が戦後に目論んだ新しい三羽烏の売り出し策は、結果的に最悪の不幸を呼んでしまったのでした。
映画の中身に触れるのを忘れてしまいましたが、スルーしても全く誰にも気づかれないくらいに何の印象も残らない映画でしたね。『君の名は』のパロディは良いとして、あとはずいぶんと展開が雑ですし、セリフも軽く上滑りするばかりだし、登場人物はそれぞれにはっきりしないし、もとが雑誌のユーモア小説ですから「箸にも棒にも掛からぬ」とはこの映画のための言葉かもしれません。音楽は木下恵介の実弟忠司が担当していますが、残念ながらこれも印象薄しです。まあ唯一の取り柄は、ビクタータイアップによる雪村いづみのステージ場面でしょうか。のちに美空ひばり、江利チエミとともに「三人娘」と呼ばれる雪村いづみは、本作が映画初出演。あ、なるほど!三羽烏ではなく三人娘のための伏線となる作品だったわけですね。(Y112921)
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