実在した銀行強盗ジョン・デリンジャーを初めて映画の主人公にした作品です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マックス・ノセック監督の『犯罪王デリンジャー』です。本作の主人公ジョン・デリンジャーは1930年代に「社会の敵」と言われた銀行強盗で、初めて映画で取り上げられた本作以降何回も映画に登場するので、アメリカ現代史において最も悪名高い犯罪者のひとりです。1945年に製作されたものの日本では1952年に『犯罪王ディリンジャ』として公開されました。現在では「デリンジャー」の表記が一般的になっていますが、公開当時は英語の発音に忠実なカタカナ表記にしたものと思われます。
【ご覧になる前に】全米で大ヒットしモノグラム・ピクチャーズを救うことに
映画館のニュース映画で犯罪者ディリンジャ―の悪行が報じられると、舞台にはディリンジャ―の父親が現れ、息子の教育について語り出します。ジョン・ディリンジャ―は酒場でバーテンから現金払いを要求され、隣の煙草店の老人から7ドルを奪ったところを警官に逮捕されます。刑務所で同房になったスペックスに見込まれたジョンは、一味に仲間入りして脱獄の計画を練り、仮出所するとすぐに強盗を働くと、コンクリートの樽に見せかけて武器を刑務所内部に運び込むのでした…。
「Public Enemy No.1」と呼ばれたジョン・デリンジャーは刑務所から出所した1933年に銀行強盗をはたらくと、ギャング団を編成して次々に銀行を襲って大金を盗むようになりました。彼らが金を盗る対象はあくまで銀行であって一般の客には手を触れなかったため、大恐慌後の暗い世相の中で大衆からは「義賊」としてもてはやされることになったそうです。しかし犯罪を重ねるうちに警官や民間人を巻き添えにしてしまううちに「社会の敵」と見なされるようになったデリンジャーは、ガールフレンドのアンナに密告され、映画館を出たところを射殺され、三十一歳の生涯を閉じたのでした。
州境を超えて犯罪を犯したためFBIが捜査に乗り出したことや、車を使って逃走することから自動車ディーラーが車の高性能を宣伝文句にしたり、デリンジャーを売ったアンナが目立つように赤いドレスを着ていたことから破滅に導く女性を「Lady in Red」と呼ぶようになったりして、デリンジャーはある種伝説的な人物として祭り上げられるようになっていきました。そこに目をつけたのがフランクとモーリスのキング・ブラザーズで、脚本を担当したのはフィリップ・ヨルダン。ヨルダンは本作でアカデミー賞オリジナル脚本賞にノミネートされ、1954年には『折れた槍』でオスカー(脚本<原案>賞)を獲得した人です。
キング兄弟が所属していたモノグラム・ピクチャーズは1930年代から1950年代前半まで低予算映画を製作していた映画スタジオで、1953年にアライド・アーティスツ・ピクチャーズに社名変更することになります。モノグラムのような小規模スタジオはハリウッドでは「ポバティ・ロウ」と呼ばれていて、いわゆるB級映画製作を専門にしていました。大規模なスタジオもなく、少ない製作費で、スター不在の映画を作るのは、興行側の要請があったからだと思われ、映画館の番組表を埋めるために大量の西部劇やアクションもの、冒険ものが必要とされていたのでした。
子役のフランキー・ダロやホラーやミステリーもののボリス・カーロフ、ベラ・ルゴシを起用したり、スターになる前のアラン・ラッドやロバート・ミッチャムが出演したりしていたモノグラムが1940年代に低調だったとき、その苦境を救ったのが本作の大ヒットでした。B級映画専門のマックス・ノセックが監督し、ほぼキャリアのなかったローレンス・ティアニー主演という、いかにもモノグラムらしい低予算作品だったにも関わらず、ジョン・デリンジャーを主人公に取り上げたことが成功につながったんでしょうか。アライド・アーティスツと名前を変えたスタジオは、『友情ある説得』や『昼下りの情事』などの名作を生むことになるのでした。
【ご覧になった後で】主役は魅力なしですが意外とテンポよく見せる小品です
いかがでしたか?双葉十三郎先生が☆☆という最低評価を下していたので、めちゃくちゃにくだらない映画かと思ったものの、実際に見るとそんなことはなく、レナード・マルティン氏が***と合格点をあげていたほうに同意する結果となりました。主人公ディリンジャ―を演じたローレンス・ティアニーに全く魅力がなく、人を惹きつけるものが何ひとつ感じられないのに、退屈するどころかそれなりにテンポよく見られてしまうのは、本作が70分という短尺だからなのかもしれません。
というのもこのくらいの短さだと人物描写なんてしてられないわけで、ディリンジャ―の半生を追いかける状況描写だけで手いっぱいになります。だから登場人物に対する余計な感情移入みたいなものを排除するためにも、逮捕されて刑務所に入り出所して強盗を繰り返し仲間割れして潜伏し最後には映画館を出て射殺されるというシチュエーションを優先してストーリー展開だけに注目するように作られているんではないかと思われます。でなければ、山小屋の親切な老夫婦を近距離で射殺するなんて残酷なことをする主人公が許されるはずはありません。密告されてしまったならすぐ逃げればいいのに、なんて思わせるヒマもなく、匿ってくれた恩人も仲間も殺してハイ次、みたいなテンポを重視しているというわけです。
なのでディリンジャ―と一緒に潜伏生活をする情婦ヘレンがクリスマスに密告するのかと思いきや、カレンダーの日付が変わり7月になっているというのも、どうやって家賃を払っているのか、食費はどうしているのかなどの疑問は全部吹っ飛ばして、久しぶりに映画館に外出するという設定にもっていっているだけの話で、全く辻褄は合っていないのですが短尺の勢いで見られてしまうんですね。ヘレンが赤いドレスを着ている(白黒ですし、どうにも赤には見えないのが玉に瑕です)のも、飴を買ってくるとディリンジャ―から離れるのも彼女が密告した証拠なのですが、そこに至るディテールを省いているのも大胆な省略で逆に効果を生んでいるのでした。
ディリンジャ―たちの銀行強盗は、銀行内での犯行よりも現金輸送車を襲ったり銀行への運搬時を急襲したりという手口で行われていました。ここらへんは煙幕を張る手口ということにして、画面全体をガスで隠すことで大量のエキストラや大道具・小道具を使うことなく大胆な犯行に見せるというトリックが成功していたと思います。警官たちが道路封鎖をしたりバイクで出動したりするショットは、たぶん以前別の作品で撮影したことのあるストックショットを効果的に使用しているのだと思われます。自動車の窓から銀行を見張っている両目が見えるというショットも別作品の流用らしく、もしかしたら犯行シーンもそのようなストックショットに合わせて組み立て直したのかもしれません。
登場人物の中で唯一印象的なのは途中までボス的存在だったエドマンド・ロウでした。ロウはサイレント期から映画界で活躍した人で、1925年の『スエズの東』でスターの仲間入りを果たしたと言われています。20世紀フォックス、パラマウント、ユニバーサルと大手スタジオを専属契約を結んで渡り歩き、本作に出演した頃にはたぶんキャリアの下降期で、モノグラム・ピクチャーズ作品にしか出られなくなっていたのかもしれません。双葉十三郎先生も「落ちぶれたエドマンド・ロウの姿が侘しい」と書いているので、かつてはもっと威厳のある俳優だったんでしょうね。あとヘレンをやったアン・ジェフリーズという女優もちょっと蠱惑的でしたが、こちらはほとんど目立った作品には出ていないようです。(A091225)
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