サム・ペキンパー監督が理想化された西部開拓史を全否定した西部劇です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』です。1969年はアメリカがアポロ11号によって人類初の月面着陸を成功させる一方で、ベトナム戦争が激しさを増した年。ハリウッドでもそれまでの伝統的な価値観をひっくり返すような作品が作られるようになり、いわゆるアメリカン・ニューシネマの波が奔流となっていました。『明日に向って撃て!』『真夜中のカーボーイ』『イージー・ライダー』などが次々に公開される中で、この『ワイルドバンチ』は従来の理想化された西部開拓史を全否定するような、暴力と権力争いと人種差別にあふれた西部劇として登場します。ジョン・ウェインは本作のことを「西部開拓史の神話を破壊する作品だ」とクレームを入れたのだとか。確かにそれまでの西部劇とは全く違う肌触りのリアルな西部劇になっています。
【ご覧になる前に】移動手段が自動車に切り替わりつつある1913年のお話
1913年のテキサス州南部でパイクをリーダーとする強盗団は、鉄道会社が輸送する金貨の強奪作戦を敢行しますが、実はそれは罠で待ち構えた鉄道会社の傭兵たちの反撃にあいます。パイクは相棒のダッチやゴーチ兄弟たちとともにサイクス老人のもとに逃げ込む一方で、傭兵たちがそのあとを執拗に追いかけてきます。傭兵を率いるのはパイクとコンビを組んでいたソーントンで、刑務所送りになっていたソーントンはパイク一味を捕まえれば刑務所から出所できるという誘いに乗ったのでした…。
1908年、アメリカのフォード・モーター・カンパニーは「T型フォード」の量産化に成功して、1913年にはチャップリンの『モダン・タイムス』で描かれたようなベルトコンベヤー方式の生産体制が確立されます。年間生産台数は20万台に達して、アメリカ東部を中心にモータリゼーションが一気に進んだのが1910年代だったのでした。
同じ頃、メキシコでは1910年にメキシコ革命が勃発。住民から土地を取り上げて独裁を続けるディアスが大統領で再選されると、農園主出身のフランシスコ・マデロが反乱軍を指揮してディアス政権を打倒することに成功します。しかしマデロは農民たちの貧しい生活を改善しようとせず、幻滅した農民たちが更なる反乱を企てることになり、メキシコ国内では短期で政権が変わると同時に常に反政府運動が繰り返される混乱が続いていきます。
本作の舞台となっている1913年はテキサス州にも自動車が新しい移動手段として登場し、馬での移動は時代遅れのものとなり始めた時期です。またテキサス州南部は国境を越えればメキシコという位置にあるため、ガンマンがメキシコの騒乱に手を貸す代わりに金や食事にありついていたという実態もあったようです。銃器が世の中を動かす近代化が進むと、土地を開墾して牧場を経営するいわゆる西部開拓は時代遅れのものとなり、カウボーイという職業では生活できなくなったガンマンたちは銃器を操るプロに変わっていきます。牧歌的な西部の風景は、政治や経済の変化の中で殺伐とした権力争いの場になっていくのでした。
監督のサム・ペキンパーはTVシリーズで演出家をつとめたあと、1961年に『荒野のガンマン』で監督デビューしましたが、1965年の『ダンディー少佐』を監督した際には酒とドラッグに溺れて現場を混乱に巻き込んだとか。主演のチャールトン・ヘストンの仲裁でなんとか撮影は継続されたそうですが、この悪評によって一時期ハリウッドで干されてしまいます。なのでこの『ワイルドバンチ』はサム・ペキンパー監督にとってはやっと巡ってきたカムバックのチャンスで、この復帰戦では勝利が絶対的に求められたのでした。
主演のウィリアム・ホールデンは1950年代にはハリウッドで最もヒットが見込める男優として名をはせていまして、キャリアの頂点は1957年の『戦場にかける橋』でしょうか。1960年代に入ると出演作も少なくなり、そんな中での主演作がこの『ワイルドバンチ』でした。なのでサム・ペキンパーと同様にホールデンにとっても本作は起死回生の作品だったのです。とはいっても企画当初はパイク役にはリー・マーヴィンが起用される予定だったそうで、マーヴィンがギャラの多い『ペンチャー・ワゴン』(原題が「Paint Your Wagon」でこの邦題はスゴイですよね)を選択したおかげで主役がホールデンに回ってきたそうです。
【ご覧になった後で】スローモーションを交えたカット割りがカッコいい!
いかがでしたか?2時間20分を超える上映時間は少し長過ぎるような気がするものの、うまいシナリオとカッコいいカット割りで一気に見せるエンターテイメント西部劇でしたね。まあ西部劇というよりはアクション大作というほうが正確かもしれませんが。登場人物の半分近くがメキシコ人ですし、ガンマンたちも西部の男というよりは年季の入ったギャングたちといった風情なので、世界史的にみても翌年にはヨーロッパで第一次世界大戦が始まるという時代設定からすると「メキシコ内戦もの」というべきかもしれないです。
シナリオはペキンパー監督と共同でウォロン・グリーンという人が書いています。この人はウィリアム・フリードキン版の『恐怖の報酬』の脚本家で、パイク一味を多様な人材で構成して複雑な人間関係に設定したところや、パイクを追うソーントンたちにメキシコ政府軍をからませて、背後にはアメリカ陸軍とメキシコ革命軍を置くなどの組織同士の関係を複雑にしたところがストーリーラインに変化をもたらしていたと思います。その中でも金をせしめる相手をメキシコ政府軍に切り替えてアメリカ軍から武器を盗み出す鉄道強盗のシークエンスはハラハラドキドキのアクションの連続で盛り上がりましたね。でもこの鉄道強盗の場面はシナリオには書かれておらず、撮影現場で即興的に作り上げられたという話です。だとするとウォロン・グリーンよりもやっぱりサム・ペキンパー監督による功績が大きいと言えるでしょう。
本作の一番の特徴はスローモーションを交えた短いショットを細かくつないでいくカット割りにありました。特にアクションシーンでその効果が抜群に発揮されていて、メキシコ国境の橋をダイナマイトで爆破してソーントンたちの追撃を退ける場面とクライマックスのメキシコ政府軍の村での銃撃戦の場面は、映画史に残るといっても過言ではないくらいにサム・ペキンパーのカット割りが冴えていました。たぶん撮影現場では複数のキャメラがいろんなアングルから望遠・広角交え回転数を変えてフィルムを回したのではないでしょうか。そのようにして撮った膨大なフィルムから取捨選択して編集した結果、あの連続性がありつつ多次元性を表現するアクションシーンが出現したのでした。事前に頭で考えたコンテだけではあんな短いカット割りによる複層的な映像表現を計画できるわけがありませんもんね。フィルムに記録された素材を短くスローモーションを交えてつなぎあわせることで即興的に従前には予想もしなかった効果が出たのでしょう。サム・ペキンパー監督はジャズのアドリブ演奏のようなことを映画で実現したのかもしれませんね。
そして思わずカッコいいと叫んでしまうのが、ウィリアム・ホールデン、アーネスト・ボーグナイン、ウォーレン・オーツ、ベン・ジョンソンの四人による「Walk」の場面。ホールデンが「Let’s Go」と声をかけるとウォーレン・オーツが「Why not」と答えて四人が暗黙の了解の上でマパッチ将軍から仲間のエンジェルを取り戻しにいく、そのカッコよさ。さらに超望遠ショットで兵隊や村人が怪訝な視線を送る中を敢然と横一列になって歩いていくカッコよさ。ここばかりは西部劇の中でもベストテンに入れたいくらいの決闘名場面でした。西部劇を越えたアクション映画ですが、しっかり西部劇の名場面を入れてくるところがサム・ペキンパーのなんともニクいところでした。(V042922)
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