銭のとれる男(昭和41年)

田宮二郎がレーサー兼トランぺッターを演じる大映アクション娯楽作

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、村野鐵太郎監督の『銭のとれる男』です。大映でトップスターになった田宮二郎は、毎月のように大映製作作品に出演していて、本作は『泥棒番付』と二本立てで公開されたプログラムピクチャーのひとつです。主人公佐川次郎は、昼はレーサー、夜はジャズクラブで演奏するトランペット奏者というなんともイカした設定で、ワイドスクリーンのカラー作品として製作されました。ちなみにカラーはメジャー各社に普及していたイーストマンカラーではなく、国産の富士カラーが採用されています。

【ご覧になる前に】相手役は水谷良重・江波杏子・高毬子の三人です

青いレーシングスーツに身を包んだ次郎はライバルの渋谷と自動車レースのデッドヒートを演じますが、惜しくも途中でリタイアしてしまいます。夜になると次郎は人気のジャズバンド、ブルー・フィンガーズのトランぺッターとしてステージに立ち、バンドマスターの岡は次郎にレースをやめるよう忠告します。そんな次郎の前に現れたのがナイトクラブの経営者静江。恋人の陽子を無視して静江と時間を過ごす次郎に、岡はかつて静江は自分の女だったと告げます。意に介さない次郎は、陽子が仕向けた暴漢たちによって手首に怪我を負ってしまうのでしたが…。

田宮二郎は「悪名シリーズ」で勝新太郎の相棒「モートルの貞」役に抜擢されると、昭和37年の『黒の試走車』からスタートした「黒シリーズ」、昭和39年の『宿無し犬』から始まる「犬シリーズ」で主役を張り、大映のトップスターのひとりになりました。シリーズものに出演する合間には、大量のプログラムピクチャーにも出演していて、本作と同じ昭和41年10月に公開された『白い巨塔』の財前五郎役を演じて、名声を確固たるものにします。

しかし二年後の昭和43年6月の『不信のとき』を最後に田宮二郎は大映から解雇されてしまいます。主役にも関わらずポスター表記の序列が四番目だったことが気に入らず、最終的に田宮は大映社長永田雅一に直談判に行きます。ポスターは刷り直されたものの永田雅一は「自分を横綱と思い上がっているようだが、お前はまだ三役クラスだ」と言って田宮を解雇し、五社協定を盾に田宮が映画に出られないようにしてしまいました。田宮二郎がTVのクイズ番組「タイムショック」の司会をやっていたのも、映画で食えなくなったからだったのでした。

田宮二郎の相手役として登場するのが水谷良重、江波杏子、高毬子の三人の女優。水谷良重は十四世守田勘彌と初代水谷八重子の娘で、TV創成期から黒柳徹子・横山道代とともに三人娘と称されたほか、舞台・映画で活躍していました。江波杏子は東宝で女優をしていた江波和子を母親に持ち、大映東京撮影所で脇役女優を続けていましたが、本作の数か月後には若尾文子が降板した『女の賭場』で主演を勝ち取っています。高毬子は宝塚歌劇団出身で本作は丹波哲郎の勧めで大映にしたばかりの頃の出演作。のちにTVシリーズ「プレイガール」にルナコとして出演するようになります。

村野鐵太郎は早稲田大学卒業と同時に大映に入社し、溝口健二や増村保造の助監督をつとめた後に昭和35年の『青い嵐』で監督に昇格します。しかし昭和43年には大映を退社して、石原プロの『富士山頂』を監督すると、独立プロダクションを立ち上げて映画製作を続けました。オリジナル脚本を書いた石松愛弘は「黒シリーズ」を多く担当した人ですし、撮影の小林節雄は市川崑や増村保造とコンビを組んだ大映東京撮影所を代表するキャメラマン。あとジャジーな音楽は三保敬太郎が作曲しています。

【ご覧になった後で】破綻なくそれなりにできたアクション小品です

いかがでしたか?まったく期待しないで見たのですが、冒頭のレースシーンから快調に飛ばして、怖いもの知らずの次郎がイキりまくった末に手の怪我で落ちぶれていき、しかし高毬子の純真な心によって更生して、最後にはトランぺッターとして復活するというよくある物語が破綻なくまとまっていましたね。B級プログラムピクチャーであることに変わりないものの、それなりに1時間25分の映画を見られてしまう出来栄えでした。レーサーとトランぺッターという異種格闘技みたいな組み合わせも意外に違和感がありませんし、特にジャズを題材としたことで、三保敬太郎のジャズ中心の劇伴が非常に効果をあげていたと思います。

村野鐵太郎の演出は、田宮二郎をはじめとして登場人物に寄ったタイトな画面を多用するので、美術の貧弱さが隠されたという副産物が生まれていました。よくあることに主人公の住むアパートの部屋が四畳半くらいの狭さで照明が蛍光灯かなんかだとこの手のアクション映画の雰囲気をぶち壊してしまうものですけど、本作では田宮二郎が画面に映る占有率が高くて、どんな部屋なのかがあまりわからないように画面が構成されていて、昭和40年当時の生活スタイルというか日本家屋風貧しさがほどよく隠蔽されることとなりました。

オートレースの場面は平成28年に閉鎖された船橋オートレース場で撮影されていて、観客席などを見切ってキャメラは車のみを映し続けますし、富士スピードウェイは昭和41年1月営業開始ですから本作はオープン前に撮影されたものかもしれません(観客席の後ろでユンボクレーンが動いているのが映ってました)。そのため広告看板など当時の風俗がわかるものが排除されていて、真新しいと同時に廃墟のようにも見える無人のレース場で、次郎と渋谷の一騎打ちの場面が撮影できたのだと思われます。

唯一生活感が伝わるのは次郎がガソリンスタンドで改心するシークエンスで、次郎が浴衣を着せられて布団で寝ているショットや事故で急死した久美子の戒名が映る仏壇ショットなどで、アクション小品としての本作の雰囲気を台無しにしそうな感じでした。けれども次郎を献身的に支える久美子の登場シーンが本作にエモーショナルな感興を付加していることは間違いないわけで、ラストで次郎が久美子の写真を取り出しすショットではちょっと感動してしまいました。

田宮二郎は相変わらずカッコよく、跳ねっ返り主人公の浮き沈みを適度に表現できていましたし、バンドマスター役の佐藤慶はB級には合わないやや場違いな重さが本作に本物感を与えていました。自動車修理工の山本幸一は映画出演が本作以外に数本しかなくTVでおなじみの顔でしたけど、若いときはなかなかの好青年風で清冽な風を感じさせました。小林千登勢の旦那さんだったんですよね。

女優陣では、高毬子の初々しさが良かったのに対して、水谷良重はミステリアスなナイトクラブ経営者にしては華やかさに欠け、クローズアップに耐えるだけの美貌ではないところがややミスキャストでした。もっとも江波杏子にしてもあまりに化粧が濃すぎるというか異形メイクアップ過ぎて、ちょっとグロテスクな感じに見えてしまい、美しさとは何なのだろうと考え込んでしまうところもありました。

いずれにしても短い移動ショットを積み重ねて追いつ追われつの状況を映像的にしっかり見せてくれるレースシーンの演出は見事でした。ジョン・フランケンハイマー監督の『グラン・プリ』が日本公開されるのは本作の一年後のことなので、村野鐵太郎なかなかやるなというのが正直な感想です。またジャズクラブの場面も田宮二郎の運指をギリギリ画角に入れない巧妙さで切り抜けていて、興覚めさせずにグルーブ感のある演奏シーンを見せてくれていました。大映プログラムピクチャーにもそれなりの拾い物があるので、やっぱり侮れませんね。(T082225)

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