八つ墓村(昭和52年)

渥美清が金田一耕助を演じて公開時は「祟りじゃー!」が流行語になりました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、野村芳太郎監督の『八つ墓村』です。前年に角川春樹事務所製作の『犬神家の一族』が東宝系で公開されてヒットを飛ばし、横溝正史ブームが巻き起こっていました。しかし本作はそれ以前から企画が進んでいて、金田一耕助役も横溝正史のアドバイスを受けて渥美清に決定したのだとか。TVコマーシャルでは、頭に懐中電灯を巻き付けて走って来る山崎努の映像と濃茶の尼の「祟りじゃー!」というセリフが使用されて、それが流行語になるくらい、松竹にしては珍しく宣伝に力を入れた作品でもありました。

【ご覧になる前に】横溝正史ブームはマンガの「八つ墓村」から始まりました

山奥の渓流を落武者たちが逃げのびていきます。滝が落ちる険しい岸壁を越えると、落武者たちの眼前には山間の中の集落が見えてきました。羽田空港で航空誘導員の辰弥が上司から新聞を見せられ、尋ね人欄に自分の名前があるのを知ります。大阪の弁護士事務所では出自を質問された後に背中にある火傷痕を見せると、同席していた丑松という老人が辰弥の母方の祖父だと名乗り出ました。丑松は一緒に辰弥の故郷である八つ墓村へ帰ろうと告げますが、その場で口から泡をふきながら昏倒しそのまま死んでしまいました。辰弥は実家の分家である「西屋」の未亡人美也子に連れられて八つ墓村に向かうのでしたが…。

市川崑監督の『犬神家の一族』は角川映画によるメディアミックス戦略が見事にハマって大ヒットを記録しました。なので横溝正史ブームは角川書店によるプロモーションだったように捉えられることが多いのですが、横溝正史に再度スポットがあたるようになったきっかけは昭和43年に週刊少年マガジンに掲載された「八つ墓村」のマンガがきっかけでした。

当時の少年マガジンは「巨人の星」や「あしたのショー」をはじめ「天才バカボン」「ゲゲゲの鬼太郎」「無用ノ介」など人気漫画家たちがこぞって連載作を競い合っていた時期で、子供たちにはもちろんのこと大学生たちにも「右手にジャーナル、左手にマガジン」と言われるほど愛読されていました。そのマガジンに突然連載されたのが影丸譲也が描いた「八つ墓村」で、松本清張が出現して以来過去の作家として埋もれていた横溝正史の小説を原作として、マンガに金田一耕助を登場させたのです。スポ根ものやギャグマンガが中心だった中に、おどろおどろしい雰囲気の犯罪&探偵マンガが入り込んだのですから当初は違和感しかなかったのですが、連載が進むにつれて人気が高まり、後にKCコミックから2巻の単行本になって出版されるほどの人気作になりました。

このマンガに注目したのが角川春樹で、昭和39年に探偵小説の執筆を停止していた横溝正史の存在を再認識して、金田一耕助シリーズを角川文庫に収めて横溝正史作品を次々に出版していきました。角川春樹は『ある愛の詩』をメディアミックス手法で大ヒットさせて、原作本の「ラブ・ストーリィ」の拡販を成功させた経験から昭和50年に全国の書店で「横溝正史フェア」をプロモーションとして仕掛け、それに合わせて「八つ墓村」の映画化の準備に入ります。映画を配給ルートに乗せるためには大手映画会社と組む必要があり、角川春樹は松竹に配給を依頼したのですが、松竹側の都合で製作が延期になってしまいます。書店でのフェアは進行していましたので、メディアミックスを成立させるために角川春樹は自ら設立した「角川春樹事務所」で映画を製作して東宝系で配給させることにします。それが市川崑の『犬神家の一族』で、ブームが盛り上がったときに映画を公開させたのでした。

松竹が本作のロケハンを開始したのが昭和50年6月のことでしたから、『犬神家の一族』が製作される前から本作の準備には入っていたことになります。『砂の器』を成功させたスタッフが再度集まり、橋本忍が原作を2時間半の脚本にまとめて、野村芳太郎が監督し、キャメラは小津組で撮影助手をやった経験もある川又昂が回しています。音楽は『砂の器』で壮大な交響曲を書いた芥川也寸志。ロケハンは一都二府二十八県に及び、製作期間2年3ヶ月、撮影日数1年1ヶ月、総製作費7億円がかけられました。松竹としてはそれだけの時間と金をかけた作品ですので、製作当時における最高のスタッフを揃えてのぞんだといっていいでしょう。

金田一耕助の渥美清は、横溝正史から「探偵は狂言回しなので二枚目ではダメで松竹でいえば渥美清みたいなのが適役」というようなコメントがあって配役されたのだとか。主人公辰弥は萩原健一で、女優陣の小川真由美と山本陽子はともに大映出身の人たちです。懐中電灯を頭にかかげる久弥には山崎努で、この異様な装束が似合うのは山崎努しかいないでしょう。

【ご覧になった後で】怨念を怨念そのものとして描こうとしたのですが…

いかがでしたか?さすがに松竹が年月と金をかけてつくった映画だけあって、非常に丁寧に作られていましたし、重厚に仕上がっていて2時間半の長尺を飽きることなく一気見することができました。一番驚かされるのはロケ地の選び方で、例えば落武者が発見する山間の集落。本作製作当時に現在を感じさせることがないロケ地を発見したことだけでも、松竹スタッフは賞賛に値すると思います。ここは岡山県と鳥取県の県境にある鳥取県日野郡日野町奥渡(公開時のパンフレットの表記なので町名変更されているかもですが)という場所で、横溝正史が書いた「すり鉢の底のような村」という表現にドンピシャでした。村には70軒ほどの民家があって、戦国時代の村に見えるように住民たちに協力してもらって二週間かけて近代化された部分を改造したのだとか。多治見家自体はロケセットで建てられたようで、終盤の炎上場面にはJTBがロケ現場見学ツアーを組んで多くの見物人が集まったそうです。山から見下ろす超々ロングショットがあって、そこで多治見家が燃え上がるのが映されていましたが、家の周囲にキャメラマンや見物人は全く見切れていません。こういう絵が撮れるのは現場の助監督さんの働きによるものでしょうね。

また鍾乳洞の内部の場面がたくさん出てきて、どのショットも大変に美しく撮られていたのも本作の見どころのひとつでした。一か所だけでなく全国各地の鍾乳洞でのショットを巧みに組み合わせているようで、島根県の井倉洞・満奇洞、山口県の秋芳洞・景清洞・大正洞のほかに岩手県の滝観洞、高知県の龍河洞でも撮影が行われたという記録が残っています。何が凄いかといえばキャメラと照明ですよ。基本的に洞窟の中は真っ暗闇ですし、観光地として開発された鍾乳洞内部は観光用のライトで照らされています。それでは映像として映らないわけなので、映画用に照明を設計し直して、電源を敷設し、照明機材を設営して、でもってキャメラ位置を決めて照らすべきところに照明を当て、絞りとピントの操作を俳優の演技に合わせて行う、というこれだけのことを完璧にこなさないと撮れない映像です。ほんの一か所だけ萩原健一と小川真由美の顔にピンが合っていないショットがありましたが、それで済んだというほうがびっくりするくらいで、本作の撮影・照明にはなんらかの賞を与えてしかるべきだと思います。

本作の主題は「怨念」そのものでして、だからこそさまよう落武者が村を発見する場面を冒頭に置いたのでしょうし、八つ墓伝説に見せかけた連続殺人事件という原作の基本プロットを180度変更して、連続殺人が起きた元を探るとと落武者の系譜にたどりつくという怨讐の物語にしているのです。それはそれで原作の解釈の仕方としてありですし、単なる犯罪映画ではなくオカルト映画的な装いにすることで、閉鎖的な村社会で繰り返して起きる日本の風土に土着したような皆殺し事件の残酷さを強調できたのだと思います。実際に八つ墓村で起きた三つの皆殺し事件、すなわち戦国時代の落武者八人殺し、28年前に狂った多治見要蔵が起こした村民三十二人殺し、そして現在の計画殺人、この三つがこんがらがることなく村に土着した事件として描かれていて、現在進行中の殺人事件の謎解きだけではなく、村の過去の事件を暴いていく過去を振り返る謎解きが主要なストーリーになっているのが面白かったところです。

とはいっても、金田一耕助がいろんな古文書や家系図をさまざまな土地の寺を回って解明していって、事件関係者が島根県の落武者たちの出自に行き着くという程度ならまだわかりますが、鍾乳洞の中で辰弥と一緒にいた美也子が指の傷から殺人犯人であることが暴露された途端に、実は復讐に取り憑かれた怨霊でしたといわんばかりに鬼女のような形相に変わって辰弥を追いつめるという怪奇映画的表現はちょいとやり過ぎだったかなというか、徹底されていなかったと思います。確かに映画のクライマックスを盛り上げるためには、極端な映像表現をしたほうがショック度も高まるのですが、小川真由美なのかスタントの人なのかわかりませんけど、ただ単に顔に白粉を塗って口紅を真っ赤にひき髪の毛を逆立てたというようなありきたりなメイクアップでは安っぽさだけが目立ってしまっていましたね。本作のいたるところで首が飛んだり槍で刺し殺されたりという残虐場面が出てきていまして、それぞれに特殊効果が効いていて割とリアルな怖さが伝わってきていたので、小川真由美がその正体を現すときにはもっと特殊メイクアップや多重撮影や光学合成などを使って、過去から蘇った怨霊の姿をオリジナルな映像にしてほしかったところでした。

でもこの当時の俳優さんたちってみんな存在感があって巧いですよね。萩原健一はTVドラマの「前略おふくろ様」路線のややボソボソと話す奥手なタイプの青年像を演じていましたし、小川真由美はセリフの言い方を聞くだけで存在感が際立ってしまっていて大女優という雰囲気を醸し出していました。山崎努は前述した通り異形の人をやるにはピッタリですし、山本陽子はこのときくらいが一番きれいなんじゃないでしょうかね。もっと色気のある場面を見たかったところでした。

脇では下條正巳と下條アトムの親子共演が珍しいですし、刑事役の花沢徳衛が市川崑シリーズの加藤武とは別の渋い味わいを出していました。序盤の神戸の場面で妹役で出てくる夏純子がめちゃくちゃ可愛くて目立っていたのと、狂った要蔵に真っ先に斬られる妻役が島田陽子だったってのは高校時代の感想ノートを見てやっと思い出したほど目立たなかったです。そして大滝秀治はいつでもどんな役でも大滝秀治ですね。いい役者たちが勢揃いしているのを見るのも、本作の愉しみのひとつでした。(T072222)

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