街角 桃色の店(1940年)

エルンスト・ルビッチ監督による雑貨店を舞台にしたロマンティックコメディ

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、エルンスト・ルビッチ監督の『街角 桃色の店』です。原作はハンガリーの作家ミクロシュ・ラースローが書いた「香水店」という戯曲で、ハンガリーのブダペストにある雑貨販売店が舞台になっています。1998年に製作されたトム・ハンクスとメグ・ライアン主演『ユー・ガット・メール』は本作のリメイクで、メグ・ライアンが経営する書店「The Shop Around the Corner」は本作の原題からとられたもの。日本語題名は『桃色の店』と書いて「ピンクの店」と読ませていたという説がある一方で五十音順では「も」に入れている記録もあります。大船シネマではビデオ化されたときの改題『街角 桃色の店』を採用しました。

【ご覧になる前に】ルビッチ監督にとって「私が生涯で作った最高の映画」

ブダペストの街角にある「マトゥチェック商会」の開店前、出勤してきた従業員が待っているところにオーナーのマトゥチェック氏がやってきて店のドアを開錠します。マトゥチェック氏は「黒い瞳」のメロディが鳴るオルゴール付き煙草ボックスを仕入れようとクラリック主任に相談しますが、主任が売れないと言い張るのでご機嫌斜めに。そんなとき店にやってきたのは職探しをしているクララ。クラリックが募集していないと断ると、クララはその場で来店した婦人に煙草ボックスを高額で販売してしまい、マトゥチェック氏から採用を認められたのでした…。

エルンスト・ルビッチは19世紀末のベルリンに生まれ、いかにもユダヤ人という容貌が買われて映画界に俳優としてデビューしました。やがて監督業に進出し、ポール・ネグリ主演の『カルメン』(1918年)で名声を得ることに。1922年にメアリー・ピックフォードからオファーを受けてハリウッドに渡り、メジャースタジオでの移籍を繰り返しながらミュージカルやコメディ映画を量産し「ルビッチ・タッチ」を確立していきます。ナチスドイツによってドイツ市民権を剥奪されたルビッチは、ドイツから家族を呼び寄せてアメリカに永住することを決意しますが、心臓疾患の持病を抱えていて1947年に心臓発作のため享年五十五歳の若さでこの世を去ることになりました。

ミクロシュ・ラースローの原作を脚色したサムソン・ラファエルソンは、『極楽特急』や『天国は待ってくれる』などでもルビッチ監督とコンビを組んだシナリオライター。本作は『ユー・ガット・メール』だけでなく、1949年のミュージカル映画『グッド・オールド・サマータイム』、1963年のブロードウェイの舞台「シー・ラブズ・ミー」などにリメイクされています。本作における手紙の設定が思わず真似したくなるような秀逸なアイディアだっということでしょうか。

主演のジェームズ・スチュワートはヘンリー・フォンダの誘いでMGMに入り、デビュー翌年の1936年に『超スピード時代』で早くも主役を演じています。「どこにでもいそうで、どこにもいない」とスチュワートを評したフランク・キャプラ監督によって『我が家の楽園』『スミス都へ行く』の主演に抜擢され、ハリウッドの人気スターに。本作はちょうどその頃の主演作で、次に出演した『フィラデルフィア物語』では見事にアカデミー賞主演男優賞を獲得することになります。

相手役の女優マーガレット・サラヴァンは本作を含めてジェームズ・スチュワートと4本の映画で共演した経験の持ち主。私生活ではヘンリー・フォンダの初婚相手(2年で破局)であり、ウィリアム・ワイラーと再婚してやっぱり2年で離婚しています。またサラヴァンは短期でスタジオでの態度が悪いことで有名だったそうで、共演経験のあるスチュワートが他のスタッフやキャストの間に入って、サラヴァンの感情が爆発するのを収めたんだとか。1950年代に映画界から遠ざかったサラヴァンは難聴と慢性疲労に苦しみ、1960年に薬物摂取で事故死しています。五十歳の短い人生でした。

多くの作品を残したルビッチは「Laughter in Paradise」という本の中で本作のことを「私が生涯で作った最高の映画」と呼んでいますし、アメリカ映画協会も本作を「アメリカの偉大なラブストーリー映画100選」のひとつに選出しています。映画評論家レナード・マルティン氏も「the ultimate in sheer charm, a graceful period comedy」(究極の純然たる魅力、優雅な時代コメディ)と高く評価している一方で、双葉十三郎先生は「ルビッチとしては大して名誉になる作品ではないけれど、味で見せる映画は楽しい」として「のんきに楽しんでいただきたい作品」とコメントしています。

【ご覧になった後で】ほのぼのとしながらも登場人物の描写が巧みでしたね

いかがでしたか?なぜこの映画を見たかと言いますと、YouTubeで「Billy Wilder Named His 6 Favorite Movies」というのが出てきまして、なぜベスト10でもベスト5でもなく「好きな6本」なのかはともかくとして、『我等の生涯の最良の時』『自転車泥棒』『戦場にかける橋』『甘い生活』『大いなる幻影』とともにこの『桃色の店』が選ばれていたからです。本作以外はどれも映画史に残る傑作ばかりで、逆にあまりに王道過ぎてビリー・ワイルダーにしては面白みがないなと思ってしまうようなラインナップです。そこに全く知らない本作がポツンと入れられていて、ビリー・ワイルダーが並み居る名作とともに推挙する作品であれば、それはもう期待しないわけにはいかないと思ってしまいますよね。

急いでサブスク配信で見たものの、確かにほのぼのしたハートウォーミングなロマンティック・コメディであったことは確かなのですが、はてさてそこまでの傑作とは到底思えず、現在的な目で見ると古臭さは否めないなあという感想して持ち得ませんでした。なぜビリー・ワイルダーが本作を「好きな6本」に入れたのかなといろいろ調べてみると、なんとビリー・ワイルダーはエルンスト・ルビッチのことを師匠と仰いでいたんだそうで、ルビッチ邸に居候していたんだとか。そしてルビッチが心臓発作で倒れたときも浴室に入ってそこで倒れたと語るほど近しい関係だったようです。ビリー・ワイルダーが脚本家チャールズ・ブラケットとともにパラマウントの仕事にありついたとき、真っ先に報告に向った先がエルンスト・ルビッチで、それがきっかけになってワイルダーとブラケットの二人はルビッチから『青髭八人目の妻』の脚本を任されました。ワイルダーが本作を6本の中に入れたのは、亡き師匠へのはなむけのようなものだったのかもしれませんね。

だとしても数あるルビッチ作品の中からワイルダーが本作を選んだわけですから、他のルビッチ作品に比べて抜きんでた出来栄えだったのでしょう。確かにファーストシーンからいわゆる「ルビッチ・タッチ」が全開で、マトゥチェック氏が店の扉を開けるまでの数分間でこの店の従業員全員のことが観客にわかりやすく伝えられるように作られています。最初にジェームズ・スチュワートのクラリックとヒゲのピロヴィッチの話からクラリックがオーナーと一緒に食事をしたことがわかり、女性の中ではフローラが年長でイローナはキツネの襟巻を新調するファッション好きなんだと伝わります。気障男のヴァダスはちょっとほかのメンバーからは距離を置かれている様子ですし、ペピという若者はどうやら正規社員ではない様子。そこへ登場したマトゥチェック氏はショーウィンドウをチェックし、不満を言われるかと思った店員たちは「配置がいい」と褒められてホッとします。つまりマトゥチェック氏がワンマンオーナーで、全員が彼の顔色を伺いながら仕事をしている職場なんだということがほんの数分でしっかりと描写されているんですね。

また結局はジェームズ・スチュワートとマーガレット・サラヴァンが結ばれるラストシーンも粋でした。O脚ではない証拠を見せてとせがむクララにズボンの裾をずりあげて素足を見せるクラリック。それを見て安心してキスするというシチュエーションが、何かといがみ合ってきた二人がO脚でないとわかったからOKという、ちょっとしたすり替えというか言い訳を設けることで観客にすんなり受け入れられるのです。ここらへんの脚本と演出の呼吸は本当に巧いなあと感心させられる場面でした。

本作以降繰り返しリメイクされることになる「差出人がわからない手紙」という設定は、原作の戯曲なのか脚色なのかは定かではありませんが、非常に工夫が効いていました。スチュワートが私書箱の手紙のことを口にした後で店員になっていがみ合っているクララが出てくるので、「さては手紙の相手はクララだな」と観客はうすうす気がつきます。底が浅い話だななんて思ったら大間違いで、ルビッチはカフェの待ち合わせ場面で早々にスチュワートには種明かしをしてしまいます。そこでポイントなのは、クララはまだスチュワートが手紙の主だと気がついていないということ。つまり片方は知っていて片方は知らないという関係性が、本作の恋物語をユーモアとウィットに富んだものにしているのです。

こうして振り返ってみると、なんだすごい傑作に思えてきました。マトゥチェック氏の自殺を防ぐペピの機転や失業したクラリックを家に招こうとするピロヴィッチの優しさ。羽振りが良くなっていくヴァダスの伏線や新入りの少年をクリスマスの夕食に誘うマトゥチェック氏の孤独など、映画はマトゥチェック商会・カフェ・病室・クララの部屋の四か所でしか展開しませんが、そこに描かれる人生模様は幅広く奥深いものがあります。場面設定が少ないこともあり、本作は50万ドル以下の低予算とわずか28日間の撮影期間で完成したそうで、撮影はストーリーに合わせて順撮りされたんだとか。俳優たちも舞台を上演するかのような感じで団結していたのかもしれません。

マトゥチェック氏を演じたフランク・モーガンは1934年のアカデミー賞でまだ主演と助演に分かれていなかった頃の男優賞にノミネートされた人。オスカーは『或る夜の出来事』のクラーク・ゲーブルに持っていかれましたが、MGMを代表するミュージカル映画『オズの魔法使い』では大魔法使いや占い師マーヴェルなど四役を演じる大車輪でした。またヴァダスをやったオーストリア出身のジョゼフ・シルドクラウトは『ゾラの生涯』で1937年アカデミー賞助演男優賞を獲得しています。意外に名優揃いの作品でもあったようです。(U102225)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました