騎兵隊(1959年)

ジョン・フォード監督が南北戦争を扱った作品で北軍の侵攻が描かれています

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・フォード監督の『騎兵隊』です。南北戦争は1861年から1965年まで四年間にわたって北軍と南軍の間で起こったアメリカ国内の内戦で、本作は1863年に実際に行われた「ヴィッグスバーグの包囲戦」をモデルにしています。主演のジョン・ウェインとウィリアム・ホールデンは多額の出演料と利益の分配を得る出演契約を結んだそうですが、興行成績がパッとせず、歩合制のギャラはほとんどもらえなかったというエピソードが残っています。

【ご覧になる前に】黒人テニス選手アリシア・ギブソンが召使役で出演します

南北戦争を戦う北軍のマーロウ大佐の部隊は、グラント将軍からヴィッグスバーグ包囲戦のために補給路を断つ作戦を命じられました。作戦会議に遅刻してきた軍医のケンドール少佐が反対するにも関わらず、南軍の支配地域を大砲なしで最低限の食糧だけで行軍することを決めたマーロウ大佐は、進軍する途中で穀物を調達するためにハンター邸を訪れます。黒人の召使ルーキーと暮らすハンナは、騎兵隊がニュートン駅破壊後バトンルージュに抜けることを暖炉越しに盗み聞きしますが、ケンドールに見つかり、捕虜としてマーロウ大佐に同行することになるのでしたが…。

南北戦争はアメリカ史においては「The Civil War」と呼ばれていて、奴隷解放と保護貿易を主張する北部のアメリカ合衆国と奴隷制維持と自由貿易を望む南部のアメリカ連合国の間で戦われた戦争です。北軍のことは英語では「Union Army」で、工業化が進み人口の多い地域が中心となっていました。1860年の大統領選挙で奴隷解放に積極的なリンカーンが大統領に就任すると、奴隷制をベースにしてプランテーション農業を営んでいた南部の地域は反感を強めていきます。加えて綿花の輸出に頼っていた南部は、アメリカ海軍による海上封鎖で自由貿易が行えなくなり、経済的に締め付けられたことで、合衆国から離脱してアメリカ連合国による南軍(Confederate Army)を編成することになっていきます。

本作の原題は「The Horse Soldiers」なので「騎馬軍兵」という意味になるのですが、日本語タイトルの『騎兵隊』は、かつてジョン・フォード監督が作った「騎兵隊三部作」(『アパッチ砦』『黄色いリボン』『リオ・グランデの砦』)を思い起こさせます。しかし三部作で描かれた騎兵隊は「Cavarly」と呼ばれ西部開拓民の保護を目的とした警備隊で、アメリカ先住民であるインディアンとの戦いが主要任務でした。時代的には本作に登場する北軍としての騎馬軍が先で、南北戦争終結後にこれらの騎馬軍が「第七騎兵連隊」としてアメリカ合衆国の正規の陸軍部隊として活動していたことになります。

というわけで、本作はジョン・フォードにとっては「騎兵隊三部作」の前史を描くことになっているわけで、ハロルド・シンクレアが1956年に書いた同名の小説をジョン・リー・メイヒン(『モガンボ』の脚本家)とマーティン・ラッキン(『真昼の死闘』の製作者)が製作し脚色を担当しています。配給はユナイテッド・アーティスツですが、製作したのはザ・ミリッシュ・カンパニー。プロデューサーのウォルター・ミリッシュが立ち上げた映画製作会社で、西部劇を数多く扱い本作の翌年には『荒野の七人』を作っていますし、あの『大脱走』もミリッシュ・カンパニーの作品なのです。

タイトルでは主演のジョン・ウェインとウィリアム・ホールデンが並んでクレジットされています。ともに80万ドル近い出演料で契約したそうで、本作はハリウッド史上初の映画スターとの巨額契約作品となりました。契約書にはさらに利益の20%を受け取れることになっていましたが、興行的にコケたせいで利益が出ずに歩合までは支払われなかったんだとか。またヒロインを演じるコンスタンス・タワーズ以上にアリシア・ギブソンという名前がタイトルロールでは強調されていて、なぜかといえば彼女は当時最も有名はテニスプレーヤーだったからなのです。

1956年の全仏、1957年と58年の全英および全米テニス選手権で優勝をはたしたアリシア・ギブソンは、当時白人のスポーツだったテニス界に初めて現れた黒人選手でした。当初は観客からブーイングを浴びていたギブソンでしたが、実力で主要大会の優勝を勝ち取ったことで、テニス界のジャッキー・ロビンソンのような存在になっていきます。現在ではヴィーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹の活躍があって、黒人女子プレーヤーが当たり前にプロテニスの世界で活躍していますが、その草分けがアリシア・ギブソンであり、話題のスポーツ選手が映画に出演するということで、黒人の観客動員を獲得しようというマーケティング戦略があったのかもしれません。

【ご覧になった後で】ジョン・フォードとしては見どころのない凡作でしたね

いかがでしたか?ジョン・フォード監督にとっては1956年の『捜索者』である意味ピークを極めてしまったあとの作品でもあり、本作を含めて力が抜けてしまったような凡作が続く時期でもあったのでしょう。見どころのある作品は1962年の『リバティ・バランスを射った男』が最後となるような感じなので、この『騎兵隊』もジョン・ウェインとウィリアム・ホールデンの二枚看板を擁している割にはまったくストーリーも盛り上がらず、ジョン・ウェイン演じる大佐もウィリアム・ホールデンの軍医も特に観客が感情移入できるようなキャラクターにはなっていませんでした。

連隊の目的地であるニュートン駅では貨物車から南軍の兵隊が飛び出し奇襲を受けるという展開になりますが、メインストリートをむやみに突進して連隊の射撃の餌食になってしまいます。なんの戦術もない戦い方で、これならジョン・ウェインが率いていなくても誰でもやっつけられるでしょと思ってしまいます。さらにラストでは橋を爆破して追撃してくる南軍をかわすのですが、川の水位もそんなに高くなく流れも激しく見えない(爆薬をしかけた兵士が普通に泳いで帰ってくる程度ですから)ので、南軍がもっとしつこく追いかけることもできるのではないでしょうか。盛り上がらないままにエンドマークになってしまう、なんともフヌケな作品でした。

一説によるとベテランのスタントマンだったフレッド・ケネディが撮影中に落馬し、首の骨を折って死亡してしまったことでジョン・フォードはひどく落胆してしまい、本当はバトンルージュへの凱旋まで撮る予定だったのを橋の爆破で急遽終わらせるよう脚本を変更したんだそうです。四十九歳で亡くなったフレッド・ケネディは『黄色いリボン』や『リオ・グランデの砦』『静かなる男』『捜索者』などでスタントマンとして出演した、いわばフォード一家の一員でしたから、当時六十五歳になっていたジョン・フォードにとっては末弟というか甥っ子を亡くしたような感じだったのでしょう。そういうこともあってジョン・フォードは本作を途中で投げ出したくなるくらいの落ち込み方をしたと思われます。

テニスプレーヤーのアリシア・ギブソンが演じていたのが黒人の召使役だったというのは、しょせん黒人を登場させたにしても南部の奴隷女としての役しかないという皮肉のようにも見えます。けれどもジョン・フォードの黒人の描き方は極めてフェアで、ウィリアム・ホールデンが黒人一家の出産を助ける場面などは何の違和感もなく自然な描写になっています。ここで登場する黒人一家のエキストラに対して白人エキストラと同等のギャラを支払うように計らったのはジョン・フォードでしたから、年老いたとはいえ、ジョン・フォードのフェアな姿勢は貫かれていたと言えるでしょう。

というのもジョン・フォードは、マッカーシー上院議員による赤狩りが始まって、セシル・B・デミルが会長をつとめるスクリーン・ディレクターズ・ギルドが監督たちに反共の忠誠を誓わせる宣誓書にサインさせようとしたときに、その動きを封じた人物だからです。ジョセフ・ロージーがデミルではなくジョセフ・L・マンキーウィッツを会長に選出するようにギルドの総会を画策します。そこで行われたジョン・フォードのスピーチが、セシル・B・デミルの宣誓路線を打ち破ったのでした。「私の名前はジョン・フォード。西部劇を撮っている者だ。アメリカのすべての観客がデミルをどれほど深く愛しているか私はよく知っているが、今夜のデミルの振る舞いは気に入らない。私としてはデミルではなくマンキーウィッツに票を投じたい。そして家に帰って眠ろう。みんな明日には撮影を控えているんだろう」というあの有名なスピーチです。

音楽だけはなかなか印象的で、主題歌の「I Left My Love」は郷愁を感じさせる歌ですし、北軍が南軍のことを蔑んだ歌詞をつけたアイルランド民謡をもとにした「When Johnny Comes Marching Home」(ジョニーが凱旋するとき)もよく耳にする曲でありながら、南北戦争の無益さを強調する効果がありました。一方で、南軍からすると北軍の蔑称は「ヤンキー」で、ジョン・ウェインとコンスタンス・タワーズが恋愛関係になるエピソードはほとんど余分でしたけど、彼女が北軍のことを「ヤンキーめ!」と罵るところは、南軍から見た北軍の在り方を描いていて興味深かったです。(V011325)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました