警察日記(昭和30年)

会津磐梯山の麓にある町の警察署を舞台にした様々な人生模様のスケッチです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、久松静児監督の『警察日記』です。巻頭に映し出される山のショットに流れるのは「会津磐梯山」の「エンヤー」の掛け声で、舞台が会津磐梯山の麓の町だということがわかります。その小さな町の警察署で様々な人々の事件や困りごとがスケッチのように描かれていく本作は、伊藤永之介という人が書いた小説がもとになっていて、秋田県出身の伊藤永之介は昭和初期からプロレタリア文学の作家として活躍し農村をテーマにした小説を多く残した人だそうです。戦争が終わって十年経過しているとはいえ地方の小都市においては特に農家は貧しい暮らしを余儀なくされていて、同時に困っている人がいたら互いに助け合おうという一種の生活共同体として町や村が機能していたことを伝える佳作ではあります。

【ご覧になる前に】映画製作再開直後の日活に集まった俳優たちをご覧あれ!

ここは会津磐梯山の麓にある横宮町。花嫁を真ん中にして一家総出で親戚一同が乗り込んだバスが、ノロノロと馬で荷物を運ぶ岩太を追い越していきます。岩太は恋仲だった花嫁を町の金持ち息子に横取りされてしまい、その夜やけ酒を飲んだあげく盗品容疑で町の警察署に連れて行かれます。地元出身の大臣の里帰り祝いで忙しい署長をはじめとして、警察署は大忙し。吉井巡査は駅で見つかった捨て子の姉弟を押し付けられ、花川巡査はもぐりの口入屋の紹介で身売りされかけたアヤという娘を実家に送り届けるところでした…。

原作を脚色したのは井手俊郎。この人の名前を見るといつも『赤ひげ』以降の黒澤映画で共同脚本を書いていた井手雅人と間違えてしまうのですが、井手俊郎は八住利雄とともに戦後の東宝映画を支えた代表的シナリオライターさんです。『青い山脈』や『にごりえ』、田中澄江と共同の『流れる』など文芸作品の脚色を得意としていたようで、本作も伊藤永之介の原作(もちろん未読ですが)を見事にシナリオ化しています。

一方で撮影の姫田真佐久(ひめだしんさく)は日活の代表的なキャメラマンで『霧笛が俺を呼んでいる』や『キューポラのある街』などを撮っていますし、なんと『トラ・トラ・トラ!』の日本製作パートの撮影を担当してアカデミー賞撮影賞にノミネートされた人。あと音楽はあの團伊玖磨先生で、黛敏郎ほどではないですけど、たまにこんな映画の音楽までやっていたんだなという作品でその名前を拝見します。交響曲やオペラを作曲した大先生なので映画音楽は息抜きの場だったのかもしれないですね。

さてさて本作の見どころはこれでもかというくらい次から次に出てくる戦後を代表する映画俳優たちです。日活は第二次大戦中の戦時統合によって製作部門をもぎとられ、戦後にはそれが大映として独立していったため、映画配給のみを行っていましたが、本作の前年にやっと映画製作を再開した時期でした。しかし松竹や東宝など他の映画会社は昭和28年に「五社協定」を結んで専属俳優の他社出演に制限をかけていましたので、日活は新国劇など演劇界から俳優を調達しながらの映画製作を余儀なくされていたのです。そんな時代背景がありながら、本作に集結した俳優たちの豪華さは目を見張るものがあって、昭和30年当時ではみんなまだ有名になる前で、日活と専属契約をしていた人たちもいれば、当時からすでにフリーの立場で各社の作品に自由に出演していた人もいるようです。いちいち個別の事情を追いかける手間は面倒なのでそこは省略させていただくとして、こんな人まで出てる!と驚いてしまうようなキャスティングが楽しめる作品でもあります。

【ご覧になった後で】ちょっと笑えて少し泣ける人生悲喜劇の点描画でした

いやいや、これはなかなかの佳作で、のんびりした山の麓の光景にちょっと笑ってしまうと同時に、貧しさの中にある健気さに少し泣けてしまうような、いろいろな人生の喜劇と悲劇を点描のように織り交ぜた映画になっていて大変驚きました。現在であれば絶対に映画化なんかしないだろう地味な原作をこんな小品に仕上げてしまうのが当時の日本映画の底力なんでしょうね。調べてみたらこの映画、昭和30年のキネマ旬報ベストテンで第六位に入っていました。ちなみにこの年の第一位は成瀬巳喜男の『浮雲』。すごい時代だったんですね。

そして俳優たちの顔ぶれはいかがでしたか?NHKアナウンサーから俳優に転じた森繁久彌、文学座の重鎮で小津映画に欠かせない杉村春子、東宝入社で早くにフリーになった伊藤雄之助、舞台出身で俳優座に行く直前の三島雅夫、五社協定違反第一号といわれてフリーになった三國連太郎、俳優座を支えるため小津や黒澤作品の常連だった東野英治郎、松竹の大幹部から戦後はフリーになった飯田蝶子、新築地劇団から劇団民藝に移る多々良純、同じく新築地劇団出身で新藤兼人と近代映画協会を作る殿山泰司、日活から東宝を経てフリーになっていた沢村貞子、基本的には東宝専属の千石規子、俳優座出身の小田切みき、文学座からフリーになった十朱久雄、松竹の看板女優からフリーになった坪内美子、俳優座に所属しながら映画にも出た稲葉義男、五十五歳で映画デビューして以来フリーの左卜全、大映から日活入りした高品格、本作がデビューの日活新人宍戸錠、そして劇団若草の二木てるみは本作がデビューかと思ったら前年に『七人の侍』に村の子供役で出演済みだったとか。いやー、あんまりスゴイ俳優陣なのでいちいち経歴を調べてしまいましたよ。

久松静児監督の演出は手堅く、基本的にはフィックスショットで横宮町の雰囲気を大切にしながら丁寧な映像づくりをしていました。会津磐梯山を背景にした自然の切り取り方も上手で、三國連太郎が娘を追いかけるすすきの場面などは詩的とも言える映像でしたね。けれども本作の決め手はやっぱり井手俊郎のシナリオでしょうか。いろんなエピソードが非常にコンパクトにまとめられていて、それぞれに様々な伏線が張られていました。そんな中でも万引きをした千石規子が無銭飲食で再度捕まり、小さな息子にカレーライスとラムネを注文して自分はお茶だけ飲んでいたなんてエピソードは、それだけでふいに涙が出てきてしまいます。そして警察署の署員たちのなんと優しく朗らかで寛容なことでしょうか。現在ではいろんなことが起こり過ぎて警察というと権力側の一機構に見なされがちですが、戦後まもない時期の地方の町の警察は、人々が逃げ込むことができる駆け込み寺的な存在だったんですね。こういう映画を見ると細かなことに腹を立てるのはやめておこうと自らを省みる気になったりします。長続きしませんけど。(A050322)

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