斬る(昭和37年)

柴田錬三郎の小説を三隈研次監督が市川雷蔵主演で映画化した剣客時代劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、三隈研次監督の『斬る』です。原作は「眠狂四郎シリーズ」で有名な柴田錬三郎の「梅一枝」という小説で、主人公の江戸時代末期の剣客・高倉新吾を市川雷蔵が演じていまして、大映京都撮影所の屋台骨を支えていた三隈研次が監督をつとめました。カラー作品ながら上映時間が71分と非常に短く、公開時には田宮二郎主演『黒の試走車』との二本立てで見ると、休憩をはさんで3時間弱で1回転する計算になります。TVの普及に伴って次第に観客動員数が減っていた時期でしたので、大映としては回転率を上げるために片方の作品を短めに作ったのかもしれません。

【ご覧になる前に】市川雷蔵は当時年間出演作13本と激務をこなしていました

飯田藩江戸屋敷で藤子という侍女が殿様の愛妾を殺害する事件が起きました。罪を問われた藤子が斬首されてから二十余年が経ち、小諸藩高倉家では父信右衛門が息子の新吾、娘の芳尾と三人で平和な日常を送っていましたが、新吾は父の許しを得て武者修行の旅に出ます。三年後に旅から戻った新吾は三絃の構えという剣術を身につけていて、藩主の前で行われた水戸の浪士との試合で相手を圧倒してしまいます。隣家に住む池辺義一郎は芳尾を息子の嫁にと求めたのを断られ、その意趣返しに信右衛門と芳尾を斬って脱藩します。死ぬ間際の父から実の母は藤子だと聞かされた新吾は、池辺親子を探し当てたのですが…。

本作が公開された昭和37年の会社別配給収入を見ると、東映が圧倒的トップを維持しながらも前年より大幅に収入が減り、日活と東宝がそれを追うという関係でした。第四位の大映は創立二十周年記念の大作『秦・始皇帝』をロードショー公開したものの東映の6割に満たない成績に終わっています。昭和30年代後半は映画の観客動員数が確実に右肩下がりになっていた時期で、成績順位は毎年ほぼ東映・日活・東宝・大映・松竹の順番でした。大映としてはなんとか起死回生を図りたいところでしょうが、市川雷蔵と勝新太郎を中心とした番組編成が次第にマンネリ化していたのは否めない事実でした。

実際に昭和37年の市川雷蔵出演作を見ると、12ヶ月の間になんと13本の映画に出演していまして、市川崑監督の『破戒』のような文芸作品から時代劇の新シリーズ『忍びの者』まで幅広い役を次々にこなしています。このような過重労働の激務が雷蔵の体調に影響しなかったわけはないでしょう。しかしこの年には大映社長永田雅一の養女雅子さんと結婚した雷蔵は名実ともに大映の大幹部となっていましたので、手を抜くわけにもいきませんでした。翌年からは「眠狂四郎シリーズ」もスタートして、雷蔵にはさらなる激務が待っているのでした。

柴田錬三郎の原作を脚色したのは新藤兼人。生涯で200本以上のシナリオを書いた新藤兼人も昭和37年には12本もの作品で脚本にクレジットされていまして、うち8本が大映での作品です。本作の後には、勝新太郎主演の『鯨神』、川島雄三監督の『しとやかな獣』などを続けて書いていますので、その無限大の筆力には恐れ入るしかありません。

監督の三隈研次は大映京都撮影所で時代劇のプログラムピクチャーを主に作っていましたが、前年には『ベン・ハー』などの史劇ブームに乗って大映がオールスターキャストで製作した超大作『釈迦』の監督を任され、ほぼ一年がかりで日本初の70mmフィルム作品に取り組みました。本作の前には『座頭市物語』を監督して「座頭市シリーズ」を世に送り出し、大映を代表する監督となった時期でした。

【ご覧になった後で】切れ味のある序盤に対して後半はほとんど息切れでした

いかがでしたか?開巻後いきなり藤村志保の横顔のアップから始まって愛妾を屋敷から庭へ追い詰めて殺害するというアクションシーンがタイトルバックに重なるところは非常にカッコよく、その後もアップやロングを巧みに使いこなしてスタイリッシュな映像の時代劇だなと感心させられるような出来栄えでした。武者修行から帰った雷蔵がいつのまにか身につけた「三絃の構え」が実際に斬りつけるところまで行かずに相手を恐れおののかせてしまうあたりも、よくわからない迫力があって、期待させる展開となります。しかし中盤以降は出生の秘密を知った雷蔵が両親に代わって飯田藩の殿様を懲らしめるのかと思いきや、全くそんなことはなく、単なる浪人になるだけというのが残念でした。

特に終盤は、幕府の大目付に取り立てられ権力の中心に上り詰めるのですが、柳永二郎に父親の面影を感じるというのがなんだかやや男色っぽい雰囲気にも感じられてきてちょっと違和感が出てきてしまいます。しかも肝心なところで水戸藩の罠にはまってしまい、なぜか殺された柳永二郎に殉じて雷蔵まで自刃して果てるという意外な終幕を迎えます。なぜ孤高の剣客だったはずの雷蔵が柳永二郎と心中しなきゃならないのか、その内面が全く描かれていないので、ほとんどハテナとしか思えないお話でした。

しかし脇役はさすが大映だけあって見どころがあり、藤子と所帯を持つ天知茂のニヒルな無常感はよかったですし、浅野進治郎の柔和な父親も品の良い鷹揚な武士という感じが出ていました。『七人の侍』で善人のイメージが強い稲葉義男の悪役も、微妙な表情の出し方が巧かったですねえ。そして細川俊夫の藩主も後半から出番がなくなるのが惜しいくらいで、品格があっていかにも殿様らしかったです。細川俊夫はTVシリーズの「光速エスパー」で三ツ木清隆のお父さん役を演じていたのが記憶に焼き付いていますが、映画で活躍するキャリアは本作あたりでほぼ途絶えてしまっていたんですね。

一方女優陣は、藤村志保は『破戒』で役名をそのまま芸名にしてデビューしたばかりの頃で、本作は映画出演二本目でした。妹役の渚まゆみは時代劇には全く似合わないバタくさい現代的な顔で、しかも出演場面が少ないのに演技がめちゃくちゃ下手だというのがバレバレでした。この女優は作曲家の浜口庫之助と27歳差の年の差結婚をして引退してしまったそうです。あとなぜか弟を救うために追っ手たちの前でいきなり全裸になる万里昌代。新東宝出身なので、エログロっぽい雰囲気が独特の存在感でしたね。(A060523)

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