ブリット(1968年)

スティーヴ・マックイーンが警部補を演ずるカーチェイスアクションの元祖

《大船シネマおススメ映画 おススメ度★》

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ピーター・イェーツ監督の『ブリット』です。スティーヴ・マックイーンが警部補を演じるというのはなんだか似合わない感じがしますし、実際にマックイーンはかつては非行少年で少年院に入っていたこともあり警察嫌いだったのだそうです。しかし当時の妻ニール・アダムスから背中を押されて本作に出演することになり、結果的には全米興行収入で年間ランキング5位となるほどの大ヒットを記録しました。特にサンフランシスコの坂で繰り広げられるカーチェイスが評判になり、本作以降、刑事物には必ずカーチェイスシーンがくっついてくるようになるほど。そんなわけで本作はマックイーンの代表作のひとつだと言っていいでしょう。

【ご覧になる前に】映画用のセットを作らずオールロケで撮影されています

大金を横領してマフィアから命を狙われているジョー・ロスという男がシカゴからサンフランシスコに逃亡してきました。彼を安ホテルに匿ったのは、ロスを聴聞会で証人喚問してマフィアの組織壊滅を進めようとしているチャルマース上院議員。チャルマースはロスの警護をサンフランシスコ市警の腕利き刑事であるブリット警部補に依頼します。しかし深夜に訪問してきた二人組がロスの部屋を強襲してロスは散弾銃で撃たれてしまいました。駆け付けたブリット警部補に護衛当番だった若手刑事は、ロスが自分でドアチェーンを外したと報告します。重体のロスが収容された病院にはチェルマースが押しかけてきてブリットの責任を追及するのでしたが…。

本作はロバート・L・フィッシュが「ロバート・L・パイク」の名義で書いた「Mute Witness」という小説が原作になっています。フィッシュはシャーロック・ホームズのパロディ小説などを書いた人だそうですが、短編小説を得意としていたんだとか。その原作を脚色したのがアラン・R・トラストマンとハリー・クライナーの二人。トラストマンはマックイーンが同じ1968年に主演した『華麗なる賭け』で、クライナーは1971年の『栄光のル・マン』でそれぞれオリジナル脚本を書いています。本作はマックイーンが自ら設立したソーラー・プロダクションがワーナーブラザーズとともに共同製作していますので、トラストマンとクライナーはマックイーンのお気に入りの脚本家だったのかもしれません。

イギリス人のピーター・イェーツを監督に指名したのもマックイーンだったそうで、レーシングドライバー出身のイェーツは『ナバロンの要塞』の助監督を経て、監督になり『大列車強盗団』という映画でカーチェイスを演出しました。この場面を見たマックイーンがピーター・イェーツを高く評価してハリウッドに招くことになり、本作をステップにしてイェーツはロバート・レッドフォード主演の『ホット・ロック』やジャクリーン・ビセットの『ザ・ディープ』などでハリウッドの大物監督のひとりとなっていったのでした。

スティーヴ・マックイーンは言わずと知れたスピード狂で、自らモータースポーツのドライバーをこなすほどでした。ジョン・フランケンハイマー監督の『グラン・プリ』の主演をオファーされながら交渉がうまく行かずジェームズ・ガーナーにもっていかれてしまいましたし、ジョン・スタージェス監督によるF1レースを題材にした「Day of the Champion」という作品への出演は企画自体が流れてしまって実現できませんでした。なので本作はレーサー役をやることが叶わなかった鬱憤を晴らすようにして、サンフランシスコの街をムスタングで爆走する場面を自らのプロダクションで撮りたかったのかもしれません。

そのサンフランシスコですが、原作ではボストンが舞台になっていたところを、当時のサンフランシスコ市長の要請でサンフランシスコでの撮影が実現したのだとか。市長は映画の撮影で市街を使ってもらうことにかなりご執心だったようで、現在でいうフィルムコミッションのようなことを市がやっていたんですね。そんな経緯もあってカーチェイスの撮影のために三日間にわたって市内の主要道路を封鎖したり市内の病院を撮影用に開放したり、すべての撮影がサンフランシスコ市の全面的な協力によって成り立っています。なので本作は映画用のセットは一切作らずに、サンフランシスコでのロケーション撮影だけで製作されました。坂道が多いサンフランシスコの風景が楽しめるのも本作の魅力のひとつかもしれません。

【ご覧になった後で】刑事物の中でもリアル感の出し方がトップクラスでした

いかがでしたか?これは刑事物というか警察ドラマというか、そういうジャンルがあったとしたらそのトップクラスに入る出来栄えではないでしょうか。というのも本作のキモはその圧倒的なリアル感。演出もキャメラも演技も、すべてにおいてリアリティが強調されていて、見ていると現場にいるような没入感に浸ることができます。ピーター・イェーツはこれがハリウッドデビュー作。メジャー第一作ともいえる作品でこれほどまでにオリジナルな刑事物を作ってしまうのはすごい才能だったんですね。ちょっとピーター・イェーツのことを見直してしまいました。

第一には主観ショットの扱いが非常に巧いです。主観ショットを完璧に操ることができるのはヒッチコックをおいて他にはいないのですが、本作に限っていえばピーター・イェーツもかなりいい線をいっているのではないでしょうか。一番印象的なのはクライマックスの空港の場面。マックイーンが飛行機の機内に入って客席を見回して本物のジョー・ロスを発見するのですが、そこでキャメラがマックイーンの視点になって主観ショットとして様々な乗客を映し出してその中に伏し目がちなロスがいる、という流れになっています。ロスが空港の搭乗口に逃げ込んだときにはさらに効果抜群で、黒髪の背の高い男が幾人か画面に映ってロスを見つけ出したかと思えば全く別人だった、みたいな主観ショットを連続させて、あたかも観客が主人公の刑事と一心同体になってロスを探しているような映像体験ができるようになります。こういう主観ショットが映画の全編に散りばめられていて、そこからリアルな臨場感が生み出されていたんですね。

加えて正反対に唐突な客観ショットの挿入も見事なんですよね。例えば病院の中でガラス越しに隣の部屋をのぞき込むようなちょっと離れ気味のミディアムショットが効果的に使われています。そこではセリフは聞こえても聞こえなくても良くって、ブリットが署長に何かを伝えたなという事実が提示できればOKというような場面になっています。シチュエーションをきっちりと観客にわからせるための客観ショットで、日常の生活でも誰かが誰かに話をしているのを見ただけで「あーん、あのことを噂してるんだな」とわかってしまうことがよくあるのと同じなんですよね。こういうショットの使い方が巧いので観客の洞察力がリアルに喚起される仕掛けになっていたのでした。

さらにはマックイーンが演じているのにブリットがスーパーマン的活躍をしないところも本作の特徴になっています。基本的にアメリカ映画のヒーローはなぜか超人的な能力を備えていて、絶対に犯人を見失ったりせず、犯人が隠れていてもそれをなぜか察知して見つけ出してしまうパターンが多いわけです。ところが本作のブリットはまさに普通の職人的な刑事に過ぎず、追跡をしていても犯人を取り逃がしてしまいます。さきほども紹介した空港の場面では滑走路を逃げた犯人がどこにいるかブリットにはわからなくなり、一旦茂みの脇にしゃがんだりしてしまいます。これは下手に自分が動くと犯人の気配が感じ取れなくなるためで、実際に何かを探し出そうとするときには人は自らを落ち着かせて、もう一度よく考えてみようと自分にリセットをかけるようなことをするものなのです。こういうディテールの描き方が本当によくできていて、主人公がスーパーヒーローでないところが他の刑事物にはないリアリティを醸し出しているのだと思います。

とは言ってもマックイーンがカッコいいのは事実なわけで、本作では刑事なのに意外にも服装がおシャレなので余計にスタイリッシュなカッコよさが際立っています。特にブルーのタートルネックセーターに茶色のジャケットという出で立ちは当時のサンフランシスコ市警の刑事たちが揃って真似をしたというくらいに見栄えのするコーディネートでした。刑事というと私生活はだらしがないという描写が一般的なのですが、本作のブリットはペイズリー柄のグリーンの寝巻を着ていて、素材もシルクっぽい柔らかな感じのものです。家に帰る前に冷凍のTVダイナーをごっそり買うのと合わせてトマトや野菜などの生鮮食品も一緒に買ったりするところにまともな生活をしている様子が出ていて、ヒーロー型の刑事ではなくリアルな職業人としての警部補という役柄が表現されていました。

そんなリアルさに彩りを加えるのがジャクリーン・ビセットでして、この前後のジャクリーン・ビセットは本当にきれいで少しエロいところが非常に魅力的です。美人なのに肉感的で感傷的でもあるという個性が1970年代の女優像を先取りしていたのではないでしょうか。ピーター・イェーツも『ザ・ディープ』でジャクリーン・ビセットを主演にもってきたのですから、その魅力に参っていたのかもしれません。また、『ゴッドファーザー』で有名になる前のロバート・デュバルがタクシー運転手で登場して渋い味を出していますし、警部役のサイモン・オークランドは『サイコ』の精神分析医や『ウェストサイド物語』のシュランク警部補などで見かけたように目に力がある意思の強そうな個性が印象的でした。

マックイーンの敵役ともいえるチャルマース上院議員を演じたロバート・ヴォーンは『荒野の七人』でマックイーンと共演していて、TVシリーズの「0011ナポレオン・ソロ」で人気を博した人。実はかなりのインテリで1970年には南カリフォルニア大学で博士号を取得するなどショウビジネスを研究材料にしていたそうです。そんなキャラクターを生かして、本作のあとも『タワーリング・インフェルノ』や角川映画の『復活の日』でも同じように上院議員役を演じています。それにしてもなぜ上院の議員で下院ではないんでしょうか。確かに庶民的ではなく、ちょっと階級意識を感じさせる風貌がそういう役回りにふさわしかったのかもしれないですね。(V041422)

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