メル・ブルックスのパロディ映画で西部劇に人種差別批判をからめた作品です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、メル・ブルックス監督の『ブレージングサドル』です。メル・ブルックスはパロディ映画を得意とした監督で、本作はデビュー作『プロデューサーズ』に続く監督作品です。西部劇映画を完全パロディ化すると同時に、主人公の保安官を黒人にして人種差別をする白人を徹底的に笑いものにするような人種差別批判を盛り込むことに成功しました。ワーナーブラザーズでの試写会が不評で公開が危ぶまれたそうですが、辛口批評家のレナード・マルティンもメル・ブルックスの最高傑作と高評価している作品です。
【ご覧になる前に】脚本に喜劇俳優リチャード・プライヤーが参加しています
アメリカ西部で鉄道敷設工事に従事している黒人たちを白人の荒くれ者たちがからかっていると、流砂が発生したため工事予定地域がロックリッジの町に変更されることになりました。州知事補佐のヘドリーは議会で知事を言いくるめて変更届を承認させると、部下のタガードにロックリッジに黒人保安官を送り込んで、町の治安を混乱させて町民たちを追い出そうと目論みます。鉄道作業員から保安官にさせられたバートが町に着くと、新保安官着任に歓迎一色だった町民はバートが黒人だと分かった途端に歓迎幕をおろしてバートを無視するようになりました。そんなバートが保安官事務所に入るとそこには早撃ちで名高いウェイコ・キッドが飲んだくれていたのでした…。
メル・ブルックスはユダヤ系移民の家に生まれ、大学卒業後に軍隊に入隊、除隊後はTV番組のコント作家となり、「それ行けスマート」シリーズの原作・脚本を担当しました。「それ行けスマート」は主人公を演じるドン・アダムスが地下の通路を歩くと次々に扉が開いて一番奥にある電話ボックスに入り落下していくというオープニングが印象的なスパイコメディでしたよね。その評価を背景に映画界に進出し、初監督作『プロデューサーズ』で見事にアカデミー賞脚本賞を受賞。監督第二作は日本未公開でしたが、第三作『ブレージングサドル』以降は『ヤング・フランケンシュタイン』『サイレントムービー』『新サイコ』とホラー映画からヒッチコックまでいろんな映画ジャンルをパロディ化していきました。一方では製作者としての顔も持っていて、『エレファントマン』や『ザ・フライ』などは実はメル・ブルックスがプロデュースした作品なのでした。そうした作品を製作する際には、自分の名前が前面に出ると喜劇だと思われてしまうので、極力名前を目立たせないようにするのに苦労したそうです。
主演のジーン・ワイルダーは『プロデューサーズ』からメル・ブルックス作品に出演している俳優で、『俺たちに明日はない』でボニーとクライドに誘拐される葬儀屋で映画デビューした後に、メル・ブルックス組に加わりました。アーサー・ヒラー監督の『大陸横断超特急』ではジル・クレイバーグをヒロインにした巻き込まれ型サスペンスをコメディ化することに大いに貢献していて、そこで共演したのが黒人コメディアンのリチャード・プライヤー。このリチャード・プライヤーがなんと『ブレージングサドル』の共同脚本家のひとりとしてクレジットされているのです。
リチャード・プライヤーはもとはスタンダップコメディアンとして舞台に立っていた人で、あえて「Nigger」のような差別用語を使うことで白人たちが隠そうとしている差別意識を表沙汰にするような過激なトークを売り物にしていました。本作が単なる西部劇パロディではなく、全編通じて白人による黒人差別をお笑いを通じて強調するように出来上がっているのは、リチャード・プライヤーが脚本上で大きく関与したためだと思われます。
本作はワーナーブラザーズ幹部向けに行われた完成試写会では大変に受けが悪く、誰も笑う人がいなかったというくらいの低評価でした。仕方なくワーナーブラザーズが本作をお蔵入りさせようとすると、メル・ブルックスはスタジオの従業員向け試写会をやって反応を見てくれと頼み込みました。そこでは映画上映中笑いが絶えないくらいの大受けだったそうで、ワーナーブラザーズは一般公開することを決意したのでした。そして公開するや予想外の大ヒットを記録。なんと1974年度北米興行収入ランキングであの『タワーリング・インフェルノ』を上回る成績を収め、年間トップになってしまいました。
【ご覧になった後で】スタジオを飛び越える終盤の展開が意表をつきましたね
いかがでしたか?西部劇のパロディとしては出来栄えはかなり落ちるなあという感じがして、というのは西部劇にお決まりの決闘や酒場の殴り合い、インディアンの襲撃などが全く取り上げられておらず、保安官が黒人だという設定だけで、笑える場面があまり多くはありませんでした。数少ないお笑いはジーン・ワイルダー演じるウェイコ・キッドが銃を抜かずに敵の銃を撃ち落す場面。早撃ちを見せずに早撃ちの結果だけを見せるという手法には大いに笑ってしまいました。でもほかはどちらかといえば下品な笑いが多く、特に荒くれ者たちが野営している場面での放屁とげっぷの連続はちとやり過ぎではないかというほどの下らなさでした。
で、一夜漬けで作ったベニヤ板のニセの町での乱闘騒ぎを映したキャメラがググーっとドリーバックすると、その町はベニヤづくりではなく元のロックリッジで、いい加減な作りだなあとほんの瞬間思ってしまいました。ところがさにあらず。それはなんとこの映画を撮影しているワーナーブラザーズの屋外セットだったという設定になって、キャメラを左に振ると大きな室内スタジオが見えてきます。そのスタジオの中で撮影されているのはバスビー・バークレー調の燕尾服を着た男性ダンサーによるミュージカルシーン。なんとこの『ブレージングサドル』は、西部劇パロディを撮影しているという映画製作そのもののメタ・パロディとなって、ミュージカルシーンをぶち壊し、スターたちの食堂になだれ込み、ワーナーブラザーズスタジオの出入口から外へ飛び出してしまうのでした。この仕掛けがかなり大掛かりで真剣に撮られているのに加えて、当時の撮影所の様子やグローマン・チャイニーズ・シアターの光景までもがしっかりと映っていて、映像アーカイヴとしての価値もあわせもつ作品になっていました。
この終盤の仕掛けが本作をそれなりの高評価に結び付けているのだと思いますが、本編中に出てくる黒人いじりのギャグも不快感だけが残るような陰険な感じがあって、どうもスコーンと笑うのがはばかられるようなお笑いばかりでした。ただ冒頭で黒人霊歌を歌えを強要する白人たちがゴスペルを歌い始めて、黒人たちは逆にフランク・シナトラの「I Get a Kick Out of You」を粋にハモるところが、皮肉が利いていたくらいでしょうか。マデリーン・カーンが演じるディートリッヒもどきの酒場の歌手も、これでアカデミー賞助演女優賞ノミネートかと思うくらい普通っぽかったですし、メル・ブルックス自身が演じる知事と酋長の二役もやり過ぎ感満載であまり笑えませんでしたね。
ハーヴェイ・コーマン演じるヘドリー・ラマーが繰り返し「ヘディ・ラマー」と呼び間違えられるのは何がおかしいのかと調べてみたら、ヘディ・ラマーはオーストリア出身のハリウッド女優で、1933年の『春の調べ』でオールヌードを披露したことで有名になった人なんだそうです。その出演作品を見ると、なんとセシル・B・デミル監督の『サクソンとデリラ』でデリラ役をやった人なのでした。「ヘディ」とみんなが呼ぶのは、要するに男に対して有名女優の名前で呼びかけるというのが笑いを誘うという構図だったようです。
オープニングで驚かされるのは、いかにも西部劇風の始まり方でクレジットデザインも王道のレタリングをパロっている中でフランキー・レインの歌がかかるところでした。フランキー・レインはもちろんあの『真昼の決闘』で主題歌「ハイ・ヌーン」を歌った有名歌手。実はメル・ブルックスはフランキー・レインに歌の依頼をする際、本作が西部劇パロディであることを隠してオファーを出したんだそうです。ふざけた映画だと知れたら断られると思ったのは要らぬ心配だったようで、完成した映画を見てフランキー・レインは本作で歌ったことに満足したんだとか。あと、主人公のクリーヴォン・リトルが荒野を馬で旅する途中、素敵なビッグバンドジャズが聞こえてくるなと思ったら、そこで本物のカウント・ベイシー楽団が「April in Paris」を演奏していたという楽屋落ちはなかなか面白かったですね。(A071623)
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