山本周五郎の「樅ノ木は残った」が原作で仙台藩の伊達騒動を描いています
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、三隈研次監督の『青葉城の鬼』です。青葉城とは仙台城の別名で、江戸時代に仙台藩で起こったいわゆる伊達騒動を描いた作品です。原作は山本周五郎の長編小説「樅ノ木は残った」で、歴史上ではお家乗っ取りを企む首謀者だった原田甲斐を、実は伊達家安泰のために奔走した忠臣として大胆に設定し直したのが山本周五郎でした。歌舞伎では「伽羅先代萩」(めいぼくせんだいはぎ)という演目が有名で、そこでも原田甲斐は仁木弾正という妖術使いの悪役で出てきますので、「原田甲斐=正義のヒーロー説」は天地がひっくり返るほどの新解釈だったのでした。
【ご覧になる前に】原田甲斐を演じるのは戦前からの大スター長谷川一夫です
四代目将軍家綱の時代、幕府は伊達・前田・島津などの外様大名が力を蓄えるのを警戒し、まず手始めに仙台藩を弱体化しようと大老酒井雅楽頭が策を練り始めました。酒井大老は仙台藩主伊達綱宗の叔父伊達兵部を「仙台藩を分割してその半分を分け与える」という甘言で巧みに陣営に誘い込み、綱宗に放蕩三昧の汚名を着せて蟄居させることに成功します。兵部は綱宗を吉原通いに誘い出した三人の武士を暗殺して証拠隠滅を図りますが、残された姉弟を引き取ると名乗り出たのが重臣のひとり原田甲斐でした…。
本作の主人公原田甲斐を演じるのは戦前からの大スター長谷川一夫。長谷川一夫は初代中村鴈治郎の門下に入って女形として舞台に立っていたところが松竹の白井松次郎の目に留まって映画界入り、芸名を林長二郎に改めます。昭和10年の衣笠貞之助監督『雪之丞変化』で主演するなどその美貌が人気を集めますが、昭和12年突然東宝に移籍し「忘恩の徒」と非難されたうえに暴漢に襲われて顔に傷を負ってしまいます。しかし翌年、傷跡をメイクアップで隠し芸名を本名の長谷川一夫に変えて見事にカムバック。戦後、新東宝を経て大映に重役として移籍し、昭和38年に映画界から引退して活躍の場をTVと舞台に移すまで第一線の大スターであり続けた俳優でした。ですから本作は長谷川一夫の映画出演作としては最後の時期のもの。このあと市川崑監督でリメイクされた『雪之丞変化』は「長谷川一夫映画出演300本記念作」と銘打たれて興行されたのでした。
監督の三隈研次は時代劇の本拠地であった大映京都撮影所で主力監督として活躍した人。「座頭市」シリーズや「眠狂四郎」シリーズも担当していたので、大映の看板俳優だった勝新太郎と市川雷蔵からも信頼が厚かったようです。脚本の八尋不二も同じく大映の時代劇で無数のシナリオを書いていて、プログラムピクチャー量産体制を支えていました。
キャストも当時の大映時代劇の常連さんたちのようですが、この人だなとわかるのは天地茂、宇津井健、藤村志保、柳永二郎、林与一くらいでしょうか。冒頭のクレジットがなにしろ読むヒマを与えずに次々と大量のキャストの名前を映し出していくので、瞬間的認識力が求められます。中でも藩主綱宗を演じる林与一は面長の美青年ぶりを見せていて、映画デビューしてまだ数年くらいの頃なんですね。父親が坂田藤十郎・中村玉緒兄妹と従兄弟同志で、長谷川一夫とも縁戚関係にあったそうです。
【ご覧になった後で】ダイジェスト版を見ているようで全部が浅い印象です
うーん、これはなんだかダイジェスト版を見せられているようで、話の展開にもなかなかついていけませんし、登場人物を整理しながら見るだけで精一杯という感じになっていましたね。そもそも山本周五郎の「樅ノ木は残った」自体が文庫版で上中下の三巻もある大長編ですから、それをわずか1時間40分にまとめるというだけで大幅な省略や圧縮が必要になってしまいます。ネットでは「樅ノ木は残った」登場人物一覧なんてのを作って公開している方もいらっしゃって、それを見ると軽く100人以上の人物名が列記されています。幕府側、兵部側、安芸側、さらには浪人柿崎六郎兵衛などがからむ深謀遠慮の物語を映画化するのは、最低でも三部作くらいの長さが必要だったのではないでしょうか。
ダイジェスト版のせいで、原田甲斐が自分や家族を犠牲にして伊達家を守り抜こうとする忠臣ぶりが伝わりませんし、伊達兵部の懐に潜り込み兵部の信頼を得てまで兵部の企みを阻もうとする、そのからくりや次第に友を失くしていく孤独が描かれていません。小説を読んだのはかなり昔なので、最後の評定の場での斬り合いで原田甲斐が自らを乱心した謀反人にして終わるというお家安泰のための設定も、おぼろながら思い出してなんとか理解できましたが、あの難しいシチュエーションを初見できちんと理解できるんでしょうか。本作を見るだけでは原田甲斐が何を守ろうとしたのかが全くわからないのではないかと思います。まあ原作は昭和33年に出版されていますので、「小説読んだ人はみんな見に来てね」という位置づけだったのでしょうか。しかしだとしたら『青葉城の鬼』なんてタイトルでは「樅ノ木は残った」の映画化だとわからないじゃないスかね。
また原田甲斐を取り巻くサブキャラクターの掘り込みも浅く、特に小説では唯一の清涼剤ともいえるヒロイン宇乃の存在感が薄過ぎますよね。高田美和は本作がデビューで撮影当時高校一年生だったそうですが、可憐ではありますがあまりにも下手くそで演技になってませんし。さらには小説を通して成長していく宮本新八も盥の上で行水する場面で長い尺を使って裸を見せるわりには浄瑠璃を習ってさてどうしたのかというオチは無視されて終わってしまいます。加えて小説で原田甲斐とともに活躍する茂庭周防や伊東七十郎は映画では省略組に入ってしまい登場しませんが、この二人こそきちんとしたキャラクターとして描くべきではなかったでしょうか。
なんてケナしてしまいましたが、全然ダメかというとそうでもなくて、特に亀千代が食事をする際の毒見の場面はなかなかサスペンスが効いていました。時代劇で毒殺が企てられる題材は実はそんなに多くないようで、毒見役の役割分担や食事が運ばれるまでの流れ、さらには殿様の目の前で最終検分されるところなど、きちんと調べ上げて描かれているようでした。こんなステップがあるからいつもお殿様が食べる頃には料理が冷めてしまっていたんでしょうね。
「樅ノ木は残った」の映画化はこれきりですが、TVではNHKの大河ドラマになっていて、昭和45年に一年間かけて放映されました。しかし序盤はTV用のオリジナルシナリオだったようなので、原作を描いたのは全体の四分の三くらいだったそうです。TVでは原田甲斐を平幹二郎、酒井雅楽頭を北大路欣也、伊達兵部を佐藤慶、伊達安芸を森雅之が演じていまして、このキャスティングは大映映画版よりはるかにしっくり来ますねえ。しかも極めつけは宇乃役は吉永小百合!出演時にはたぶん二十四歳だと思いますけど、まさに宇乃にぴったりです。当時でいうとNHKさんのほうが末期の大映より企画力があったのかもしれません。
蛇足ではありますが、結論としては長谷川一夫はちょっと重過ぎました。あの重厚長大で圧倒的な存在感で出てこられると、仙台藩の一重臣では収まりません。やるとしたら悪の元締めである酒井雅楽頭だったんではないでしょうか。でも当時の大映で長谷川一夫に悪役をやれと言うことができる人はいなかったのでしょう。永田雅一社長ならできたかも、いや無理ですね。(T042722)
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