マイケル・ケインがカッコいい、60年代の新感覚派っぽいイギリス映画です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ルイス・ギルバート監督の『アルフィー』です。アルフィーは主人公の名前で、演じているのはマイケル・ケイン。出演作が多く、2000年にはナイトを与えられたケインは本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。パラマウントの資本も入っているため、アメリカ・イギリス合作映画とはなっていますが、舞台はロンドンですし、隅から隅までイギリスっぽいセンスに溢れた軽快軽妙な恋愛コメディーです。
【ご覧になる前に】ビル・ノートンの舞台劇を原作にしたドン・ファンのお話
ロンドンの街はずれに停めた車の中で人妻との逢瀬を楽しんでいるのはアルフィー。彼は夜ごとに相手をとっかえひっかえして、ドン・ファンのようにいろんな女性とつかずはなれずの関係を結んでいます。アルフィーの家には尽くし型の女性ギルダが待っていますが、あるときギルダの妊娠が発覚。個人主義のアルフィーは産むかどうかを決めるのは君だといって彼女を突き放し、ギルダは男の子を出産しました。アルフィーは赤ん坊を可愛がるのですが、生来の女好きはとどめることができず…。
本作は1964年に初演されたビル・ノートン作の舞台劇がもとになっていて、ロンドンやブロードウェイで上演されて人気を博していたとか。そのステージでは主人公アルフィーをテレンス・スタンプが演じていましたが、映画化される際に、ヴィヴィアン・マーチャント演じる人妻のリリーが中絶する場面に反対したテレンス・スタンプは出演を拒否。スタンプの親友だったマイケル・ケインにお鉢が回ってくることになったそうです。
マイケル・ケインは演劇学校を出たあとクレジットされないような端役にしかありつけない売れない役者だったそうですが、1965年に007ブームに乗っかったスパイ映画『国際諜報局』のハリー・パーマー役をゲット、好評を博しました。そしてこの『アルフィー』でタイトルロールを演じたことでイギリスを代表する映画俳優になったというわけです。とにかくやたらと出演作品が多いことが知られていて、年に2-3本平均で映画に出演し続けているのは、「Sir」の称号をもつマイケル・ケイン卿としてはふさわしくないようにも思えますね。
監督のルイス・ギルバートは007シリーズの監督として名が知られているために、どちらかといえばアクション映画の監督のイメージが強いのではないでしょうか。『007は二度死ぬ』をはじめ『私を愛したスパイ』『ムーンレイカー』と三作品を監督していて、特に『私を愛したスパイ』はロジャー・ムーアシリーズの最高傑作と評価されていますので無理のないことです。しかし本作のようなシニカルなコメディータッチの作品や青春映画も得意としているようで、アニセー・アルビナが主演した『フレンズ』なんかもこの人が監督していたのでした。
さらに音楽にも注目したいところでして、本作の音楽はジャズ界の大御所ソニー・ロリンズが担当しています。ソニー・ロリンズは本作公開の後にインパルスレコードから同名タイトルのアルバムを出しました。では本作のBGMがジャズ一辺倒かというとそうでもなくて、エンドタイトルで流れるのはバート・バカラック作曲による主題歌。その経緯はちょっと複雑で、イギリスでの初公開時のバージョンにはこの主題歌は入っていなかったそうで、アメリカ公開とイギリスでの再上映の際につけ加えられたのだとか。しかも当初はディオンヌ・ワーウィックの歌が採用される予定だったところを、最終段階になってシェールの歌に差し替えられたのだそうです。なので本作ではシェールの歌声を最後に聴くことになるのですが、当時にビルボードのヒットチャートではディオンヌのバージョンのほうが上位にランクされたという、逆転のオマケがついています。
【ご覧になった後で】ルイス・ギルバートの斬新な演出には驚きましたね
いかがでしたか?ルイス・ギルバートってこんなに斬新な映像演出をする人だったんですね。何が驚いたかって、マイケル・ケインがキャメラに向って話しかけるところ。これは舞台でも観客を相手にして語るという設定だったのでしょうか。そうだとしても、映画の大前提でもある「俳優はキャメラを正視してはいけない」という原則を軽々と破った映画は、当時としては画期的だったと思いますし、さらに他の登場人物は一切そこに介入してこないので、主人公アルフィーと映画を見ている観客の間になんとなく親密感というか密談というか共犯者というかそんな関係ができあがってくるんですよね。このキャメラ目線での話しかけが本作の最大の特徴で、ルイス・ギルバートの戦略だったとするとなかなか慧眼の主であったといえるでしょう。
そして本作の魅力はイコールマイケル・ケインの魅力なわけでして、男前でありながらヤサ男ではなく、ちょっとシニカルなのに純情なところも持っている、単純なドン・ファンではないクールな色男ぶりがマイケル・ケインでしか表現できないキャラクターになっていたと思います。さきほどの観客との密やかな共犯関係が影響して、観客もいつのまにかアルフィーの行動を是認する側になってしまうんですよね。これは女性の観客から見てもそうなんではないでしょうか。ギルダと結婚するハンフリーは、自分の子ではないマルコムを心底可愛がっているような好人物ですが、観客としてはハンフリーを見ているよりもアルフィーと一緒にいるほうが楽しそうに思えてしまうのです。そこらへんが本作を見る際の、奇妙なスリル感というか悪戯をしている感じのもとになっているのかもしれないです。
アルフィーが相手にする女性はたくさん出てきますが、イギリスの女優さんたちなのであまりビッグネームがいないにもかかわらず、よく見るとあの人なんだーと思い出すような人が散りばめられています。アルフィーが療養するサナトリウムの看護婦はシャーリー・アン・フィールド。ちょっと薹が立ってしまいましたが『戦う翼』でスティーヴ・マックイーンとロバート・ワグナーが取り合いをしたあのヒロインの女優さんです。また、ヒッチハイクで拾われてひたすらアルフィーに尽くすアニー役はジェーン・アッシャー。この名前はビートルズファンにはお馴染みで、ポール・マッカートニーの婚約者だった人。ビートルズが「ホワイト・アルバム」を出すくらいの頃まで、ポールはアッシャー家に間借りして暮らしていたので、本作製作時にはたぶんジェーン・アッシャーが撮影を終えて家に帰ると、そこにはポール・マッカートニーが待っていたはずです。いや、ビートルズは1966年までコンサート活動をしていたので待ってなかったかもですが。そして、アメリカから参戦するのはシェリー・ウィンタース。アカデミー賞助演女優賞を二度受賞していますし、『陽のあたる場所』でのモンゴメリー・クリフトをエリザベス・テイラーにとられてしまう不幸な役も印象に残りますが、なんといっても巨体(失礼!)に鞭打って水中に渡し綱をつける『ポセイドン・アドベンチャー』が代表作でしょう。本作ではちょっとポッチャリしていて、でもまだまだ現役というか今が盛り的な女性をかなり魅力的に演じていました。
あと脇役で注目は堕胎医として出てくるデンホルム・エリオット。この顔どっかで見たよなーと思って調べてみると、あの「インディ・ジョーンズ」シリーズに出てくるインディの大学での同僚マーカス・ブロディをやっている役者さんなんです。本作の役柄からするとエラく出世したもんですね。
基本的には男女の姦通をテーマにした恋愛コメディーではあるものの、そこにキリスト教国家においてはタブーともいえる中絶のエピソードを盛り込んだり、不倫や不貞を重くなくサラリと描いていたりしながら、最後には誰ともわかりあえない孤独を浮き立たせるところに本作の妙味があったように思えます。ドライでシニカルな笑いの中にペーソスを交えて、かつ斬新な映像演出を試みた作品として、60年代のイギリスを代表する一本と呼んで良いかもしれません。(A020522)
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