上村一夫のマンガが原作。『同棲時代』に続いて主演は由美かおるです
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、野村芳太郎監督の『しなの川』です。昭和48年といえば第一次オイルショックをきっかけに、日本国民全員がトイレットペーパーの奪い合いをした年です。プロ野球では巨人軍がなんとか日本一になりますが、それが九連覇の最後となりました。そんな不況感が漂う世相を背景に、上村一夫のマンガ『同棲時代』が大ヒット。映画化も成功して松竹は由美かおる主演でその二番煎じを狙います。しかし結果的にコケてしまったのがこの『しなの川』でした。
【ご覧になる前に】昭和40年代後半はマンガの映画化が盛んになった時期
新潟十日町の織物問屋に生まれた雪絵には母親がいません。高校に通う雪絵は、新しく店に奉公することになった竜吉に興味を持ちますが、周囲では陰で「間男と駆け落ちした母親のようだ」と噂します。その様子を見て父親は、雪絵を長岡の女学校に転校させ寄宿生活に送り出します。ところが雪絵はそこで国語の新人教師と恋仲になってしまうのでした…。
日本映画全盛期の頃は、話題の小説を映画化することは当たり前でしたが、マンガの映画化となると子供向けの「赤胴鈴之助」やファミリー喜劇「サザエさん」くらいのものでした。映画界にはオリジナル脚本を書けるシナリオライターがたくさんいましたので、映画の題材に事欠くことはなかったのです。しかし次第にTVドラマが映画に取って代わるようになると、映画会社各社はヒットが見込めるコンテンツをマンガに求めるようになります。昭和45年には小中学校への影響をPTAが真剣に議論することになった永井豪の「ハレンチ学園」が映画化されて大ヒット。味を占めた映画界は少年マンガや青年マンガの映画化に動きます。その流れの中で松竹は、上村一夫が漫画アクションに連載していた「同棲生活」を由美かおるのヌードを売りにして公開し、話題をさらいました。当然ながら続編を製作しようとする松竹に対して、由美かおるが出演を拒否することに。ならばと同じ上村一夫の恋愛マンガに目をつけて、『同棲時代』の半年後にこの『しなの川』が封切られたのでした。
監督の野村芳太郎は『張込み』など松本清張原作のサスペンス映画を得意とした人。本作の翌年にはあの『砂の器』を完成させて松竹最大のヒットを飛ばしています。その野村芳太郎にしては若い女性を主人公とした恋愛映画『しなの川』はやや得意分野から離れている感じがしますが、松竹専属監督であるからにはそんなことも言っていられません。野村芳太郎の監督作品には、NHK連続テレビ小説を映画化した『おはなはん』や当時時代の寵児だったコント55号主演の映画シリーズなどもあり、この『しなの川』も会社から下りてきた業務命令のひとつだったのでしょう。だからなのか、野村芳太郎としては、決して力を入れた作品には見えません。まあ、会社に雇われている身分では仕方ないところです。
【ご覧になった後で】どんな客層をターゲットにした映画なのかが「?」です
ひと言でまとめれば、由美かおるのヌードが堪能できた映画でしたね。竜吉がいる前で急に川に入ると言い出し、全身を滝に打たれ、蛇がいると言って竜吉に抱きつく。国語教師と宿屋で結ばれた翌朝には、畳の上に全裸で横たわる(これは原作のマンガでは有名なシーンのようですが)。前後の脈絡もなく必然性もなく、由美かおるが裸になります。この映画に出演したとき、由美かおるは二十三歳。女性としての美しさが最高レベルの達している時期ですから、その肢体はただ見とれるばかりの美しさです。しかし、この映画は、旧家の因習に縛られるのを嫌って自由な意思で恋愛をしたいという女性を描いていて、そういう意味では女性客がターゲットではないでしょうか。だとすると唐突に現れる由美かおるの全裸は逆効果でしかなく、それしか注目されない映画なら女性客は見に行かないでしょう。実際に『しなの川』は興行的には失敗したようなので、松竹という映画会社のマーケティングセンスは疑われて当然でしょう。
ではなぜ由美かおるのヌードが出てくるかと考えると、ただ単に製作現場の要望だったのではないでしょうか。つまり前作『同棲時代』で話題になった由美かおるの生ヌード(下品な言い方ですが)は『同棲時代』の現場スタッフにしか目撃されていません。そこで由美かおるで別の新作を作れば、別のスタッフもそのヌードで生で見られるじゃないか。映画の撮影や照明や舞台設営や小道具手配などの仕事を毎日毎日していれば、たまにはそんな恩恵に与っても良いではないか。そのように考えたのは、当然ながら松竹の映画製作を担当する男性たちです。すなわち女性をターゲットとした映画であるはずなので、映画を作っているのはほぼ全員が男性で、その男性たちはひとり残らず由美かおるのヌードを見たい一心で、『しなの川』を企画・製作したのではなかったでしょうか。そんなことない!と当時のスタッフの方はおっしゃるかもしれません。しかし、由美かおるのヌードはたっぷりと映像化されていて、現場ではさらに長時間由美かおるは裸にさせられていたはずです。まあ本当に綺麗であることは確かです。この作品には不要ですけど。
加えて、映像作品としてはかなりランクが低くて、例えば、雪絵の父親役仲谷昇が番頭と男色にふけるという場面。すね毛だらけの足がからむのを見せられても見苦しいだけですよね。また、雪絵が国語教師役の岡田裕介と結ばれるのを赤い花が咲く映像をダブらせて表現したショット。なんて稚拙な表現でしょうか。川又昂のキャメラもやたらに動くし、ズームが多いし。そして、雪絵がひとり旅立つ先に見えてくる島にわざわざ字幕で「佐渡」と入れるのは、本当に大きなお世話です。話の筋を追っている観客にとって、それが佐渡であるとわからないわけないですよね。まったく失礼な過剰演出です。まあ、佐渡観光協会あたりとのタイアップで、字幕表記が契約上の取り決めだったのかもしれませんが。しかし映画がコケたのなら佐渡にも何のメリットもなかったことでしょう。『君の名は』では観光協会の名前も「協力」としてクレジットされていましたから、そんな過去の成功体験を再現したかったのかもしれません。(A102421)
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