妖星ゴラス(昭和37年)

東宝特撮スタッフが東宝特撮映画50本を記念して取り組んだ本格SF作品です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、本多猪四郎監督の『妖星ゴラス』です。円谷英二は戦前から東宝で特撮映画に取り組んでいましたが、その作品数が50本になることを記念して製作費3億8千万円、撮影日数300日を投じて作られたのが本作です。『ゴジラ』をはじめとして東宝特撮映画を世に送り出し続けた田中友幸がプロデューサーをつとめ、東宝特撮映画の大半を監督した本多猪四郎がメガホンをとっています。いつもは怪獣が街を破壊する場面ばかりを作ってきた円谷英二が、本作では南極の巨大ジェットパイプ基地建設のための特殊技術に腕を奮いました。

【ご覧になる前に】黒色矮星が地球に衝突するというスケールの大きな設定

富士五湖をドライブしていた智子と滝子は閃光と共に宇宙船隼号が土星観測に向けて発射された姿を見上げます。智子の父園田艇長が指揮する隼号は国際宇宙局からの要請を受けて謎の星を探索しますが、その強力な磁力に飲み込まれ大破してしまいました。しかし隼号の観測データによって黒色矮星ゴラスが700日後に地球に衝突する事実が明らかになります。河野博士と助手の田沢博士は鳳号によるゴラスの再調査を要望しますが、莫大な予算を必要とするため政府も宇宙省もなかなか対応策を見い出すことができません。そんなある日、智子の弟が発した「ゴラスを破壊するか地球が逃げるかのどっちかしかない」という言葉に勇気づけられて河野博士は国連科学会議で今こそ全世界が協力すべきだと訴えるのでした…。

謎の星が地球に衝突するというテーマは1951年のアメリカ映画『地球最後の日』で取り上げたのが最初だったでしょうか。天体衝突という事態にどう対処するかは1998年の『ディープ・インパクト』や『アルマゲドン』で扱われたように一種のブームとなるのですが、その意味では地球と黒色矮星との衝突を描いた本作は後のSFブームを先取りしていたわけで、東宝が特撮映画50本を記念して製作する本格的SF作品にふさわしい題材だったと思われます。

原作を書いたのは航空自衛隊のテストパイロットだった丘美丈二郎で、大戦末期に海軍で航空機の設計に携わった経験から戦後はパイロットをしながらSF要素を含んだ探偵小説を発表するなど作家活動も行っていました。たまたま田中友幸の弟と知り合いだったことから、東宝特撮映画の原作を依頼されることになり、昭和32年の『地球防衛軍』に始まって『宇宙大戦争』『宇宙大怪獣ドゴラ』と本作の合計4本の作品に原作を提供しています。

脚本の木村武は、東宝特撮映画においては関沢新一とともに多くのシナリオに関わっていて、特に『美女と液体人間』『ガス人間第一号』『マタンゴ』といった変身ものを得意としていました。監督の本多猪四郎は『ゴジラ』シリーズのほとんどを監督していますし、SF系特撮映画もその大半は本多猪四郎の手によるものです。しかし多大な予算を投じた『妖星ゴラス』の製作にあたってプロデューサーの田中友幸は「SFはあんたに向かない」といって本多猪四郎に辞退するように勧めたこともあったとか。まあ結局は辞退しなかったようですけど。

そして特技監督としてトメ前にクレジットされているのが円谷英二です。その円谷組の長老格だったのが美術を担当した渡辺明で、『ハワイ・マレー沖海戦』以来ずっと円谷英二のもとで特撮用ミニチュア製作の道を究めてきた人でした。もう一人の長老が照明担当の岸田九一郎で、『ゴジラ』で夜の東京を破壊するゴジラを不気味に浮かび上がらせる照明をデザインするなど、円谷組にはなくてはならない照明職人でした。本作でも赤黒く光るゴラスは岸田九一郎の照明技術が反映されたものだと思われます。

出演陣がまたすごくて、現場指揮をする田沢博士を池部良、国連で演説する河野博士を上原謙が演じるほか、隼号艇長は田崎潤、その父親を志村喬、政府閣僚は佐々木孝丸・小沢栄太郎・河津清三郎・西村晃、鳳号に乗り込む平田昭彦・佐原健二・久保明、そしてヒロインには白川由美と水野久美という東宝特撮映画のオールスターキャスト総出演状態です。さらには脇に出てくる沢村いき雄や堺佐千夫、天本英世など個性派俳優の顔ぶれもお楽しみのひとつになっています。

【ご覧になった後で】テーマは良いのですがプロット不足で盛り上がりません

いかがでしたか?この映画はたぶん土曜午後に穴埋め的にTV放映されていた映画枠で見た記憶がありまして、青い地球と赤いゴラスが交差するショットだけが非常に印象に残っていました。数年前に再見したときにも感じたのですが、要するに本作のテーマは「地球が惑星と衝突しそうになるが間一髪避けることに成功する」というお話で、ストーリーはそれ以上でもそれ以下でもありません。衝突しないというエンディングにいかに持っていくかが小説なり脚本の見せ所のはずなんですけど、あまりにもプロットが不足していてそこが全く盛り上がらないんですよね。単線型過ぎてしまって、複数のプロットがからみ合うような工夫がされていないので、「あと何日で地球と衝突」的にカウントダウンするようなサスペンスも生まれませんし、登場人物は最初に与えられた役割だけに終始するので人間関係のドラマもほとんど描かれません。久保明がいきなり記憶喪失になって、ゴラスの接近で完治する、というエピソードもまるで意味ないですし。なのでドラマ部分はほとんど見るべきものがありませんでした。

かたや本作の特撮部分は十分に鑑賞に堪え得る出来栄えで、円谷組の特殊技術が注ぎ込まれた努力のあとが画面から伝わってくるような場面の連続でした。特に南極の巨大ジェットパイプ基地建設を描く数分のシーンが素晴らしい完成度でした。南極の氷を砕く砕氷船から始まって大地を掘削するブルドーザー、船からベルトコンベアーにのって次々に運ばれるコンテナ、巨大パイプを宙づりで運搬するヘリコプター、制御本部に降り立つ四翼小型飛行機などなど、リアルに自然を描き込む一方で、重機などのメカニックがしっかりと作りこまれていましたね。いつもはすぐに怪獣に壊されてしまうミニチュアたちが本作では実に生き生きと動く様子が堪能できて、大満足の特撮シーンでした。

ちなみに四翼小型飛行機はVTOLジェットという名称がつけられているそうですが、そのデザインはTBSで放映された「ウルトラマン」に出てくる科学特捜隊のビートルジェットそのままに見えました。それもそのはずで、本作の五年後に同じ木型を使って再製作されたのがビートルジェットだったそうで、「ビートル」の名称も「VTOL」から来ていたのか、とあらためて感激してしまいました。

この南極基地でマグマという名前の巨大セイウチ怪獣が出てきて、基地の一部を壊してしまう場面が出てきますが、なぜ本格的SF作品を作ろうとしているのに怪獣が出てくるのか全く理解できませんでした。これは興行を気にした東宝の上層部から怪獣を出せとの指示があったからだそうで、本多猪四郎は最初は頑として拒絶したんだそうです。映画では池部良が顕微鏡を覗いて「爬虫類だ」と呟く場面が出てきますけど、全く爬虫類に見えないところも減点ポイントでした。まあこの着ぐるみがそのまま「ウルトラQ」のトドラに活用されたらしいので、その点では価値があったのかもしれませんけど。

マグマが出てくる前に工事中の岩盤が崩落する場面なんかは迫力満点でまさに円谷組の特撮が本作を支えていることがわかる一方で、ジェットパイプ基地の建設がそのような難しい局面を迎えて難航するとか、各国から集めた技術がどこかで融合しなくなるとか、現場作業員たちの反乱が起きるとか、ドラマ的な盛り上げが一切描かれないところがやっぱり本作を物足りないものにしている最大の要因でした。ゴラスの磁力によって東京が高潮に襲われるショットやラストで東京タワーから見下ろす東京の街のほとんどが水没しているショットは本当にリアルで、ディストピアを感じさせる不気味さがありましたけど、途中で科学的な予測として紹介された火山の噴火や地球の引力が無力化することによって引き起こされるパニックをもう少しドラマ部分で取り上げてほしかったですよね。

それにしても国連技術会議で上原謙が演説する姿は現在的に見ても感動を呼ぶ内容でした。「科学は戦争によって発展してきたけど、地球が危機にある今こそ争いではなく地球を救うために科学の力を結集しようではありませんか」みたいなセリフで、まさに科学を人びとの平和のために使うという本来あるべき地球国家の姿が東宝特撮映画のワンシーンで見られたのは、なんだか嬉しいような恥ずかしいような気分でした。(U070623)

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