田宮二郎が主演する「犬シリーズ」の第一作で大映は全九作を製作しました
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、田中徳三監督の『宿無し犬』です。主演の田宮二郎は「悪名シリーズ」で勝新太郎の相棒役に起用されて大映を代表するスターの仲間入りを果たしました。それからは現代の産業界を舞台にした「黒シリーズ」で主役を張るようになり、この「犬シリーズ」も田宮二郎主演で全九作が作られることになりました。この二年後には田宮二郎の代表作ともいえる山本薩夫監督の『白い巨塔』で財前五郎役を演じますので、まさに田宮二郎がスター街道を駆け上がっていく時期の作品といえるでしょう。
【ご覧になる前に】脚本を書いた藤本義一は川島雄三のもとで修業しました
河原でガキ大将たちを追い払った少年鴨井大介は成長すると母親の墓所がゴルフ場になっていることに怒って大興組のやくざと喧嘩をします。金毘羅参りで見かけた女が宿でやくざからからまれているところを鴨井が助けに入り、その際ひとりのやくざを刺し殺してしまった鴨井は、神戸に移り大興組と対立している沼野観光の社長に匿われます。沼野観光の副社長青井はホテルを経営していて、鴨井が女中と部屋で遊ぼうとしていると突然火が出てホテルは焼失してしまいました。女を見かけるごとにコートを着た男に邪魔をされる鴨井は、社長から火災保険で下りた4千万を青井に持ち逃げされたと聞かされるのですが…。
この「犬シリーズ」は映画のためのオリジナル脚本で、全九作の脚本を書いたのは後に作家として活躍する藤本義一でした。藤本は学生時代から放送作家として働いていてTVドラマの脚本を書いていましたが、大映に入社し川島雄三に師事するようになります。昭和34年の『貸間あり』は川島雄三と藤本義一の共同脚本で、この作品で書かれた「サヨナラだけが人生だ」というセリフが後に今村昌平による川島雄三評伝のタイトルにも使われることになりました。
企画としてクレジットされているプロデューサーの辻久一は戦前は映画評論家として活動していて、戦後に大映京都撮影所に入所して溝口健二監督作品をプロデュースした人です。『雨月物語』『山椒大夫』『近松物語』は全部辻久一の企画ですし、『新・平家物語』では共同脚本も書いています。そのつながりでいえば、監督の田中徳三も溝口組で助監督をやった人。大映のシリーズものも多く監督していますけど、「犬シリーズ」は本作しか関わっていません。
田宮二郎は学習院大学在学時にシェイクスピア劇研究会に在籍していて、当時は外交官を目指していたそうですから、演技に対して研究熱心だっただけでなく、映画俳優としても常に身だしなみに気をつかい関係者への挨拶を事欠かない律儀な人物だったそうです。しかし昭和43年に出演作の宣伝ポスターに掲載する名前の順番で永田雅一社長ともめ事を起して大映を退社し、TVに活躍の場を移すことになりました。「クイズタイムショック」の名司会ぶりなどは非常に懐かしく思い出されるとともにTVドラマ版の「白い巨塔」でも迫真の演技を見せてくれて印象深い俳優のひとりでしたので、四十三歳で自死したニュースは本当にショックな出来事でした。
共演する天知茂は松竹を解雇されて新東宝に移り、当初は脇役に甘んじていたものの、中川信夫監督の『東海道四谷怪談』で民谷伊右衛門を演じるなど新東宝の主役級として活躍するようになります。経営基盤が脆弱な新東宝において労働組合の委員長までやっていたそうですが、新東宝が倒産して大映に移籍。市川雷蔵と勝新太郎という二大スターのいる大映では準主役級での出演が多く、「犬シリーズ」でも半分くらいの作品で田宮二郎とからむ役をやっています。田宮二郎の相手役の江波杏子は本作出演時にはまだ二十二歳なのになかなかの落ち着きぶりで、若く華やいだという感じではなく、笑顔のない陰のある役を演じています。
【ご覧になった後で】動の田宮二郎と静の天知茂、対照的な二人が楽しめます
いかがでしたか?この映画を見ると田宮二郎という俳優のオリジナル性というか田宮二郎らしさが大映にとっての大きな武器だったということがよくわかりますね。市川雷蔵や勝新太郎にはないスマートさというか元気でヤンチャでありつつハミ出し過ぎない収まり感というか、二枚目で身長も高く骨格もしっかりしている独自のカッコよさが光っていました。どちらかというと日活アクション映画向きだったのかもしれませんし、かと言って日活でこの田宮二郎の良さが出るかというとちょっと違う感じもします。田宮二郎には無国籍ではなく関西の匂いがしますし、大阪出身で高校時代は京都にいたようですので関西弁の威勢の良さが似合っています。同時に女性に一途になる純粋さみたいなものもあり、江波杏子のことを抱き締めはしますけどキスまではいかないんですよね。そんな荒々しくない無謀さみたいな中途半端さが田宮二郎の魅力なのかもしれません。
一方で刑事役の天知茂は田宮二郎とは逆にあまり動きはないしセリフも少ないのですが、妙にやさぐれた感じが飄々としていて田宮二郎と対照的であると同時に絶妙なバランスをとっているようにも見えます。特にうどん屋で対峙するところはこの二人をテーブルの直角面に配置して、顔と肩、肩と顔を直角に切り返して見せていきます。この構図がシネスコサイズの横長画面をいっぱいに使っていて実にスタイリッシュで、そこに田宮二郎と天地茂の対照キャラがぴったりとハマるんですよね。なかなかの名場面でした。
この二人のキャラクター造形は見事でしたし田宮二郎と天地茂の個性を生かしていたのとは反対に、プロットの組み立て方が非常に雑で、何が問題でどこに向っていく話なのかがさっぱり浮かび上がってきませんでした。田宮二郎が江波杏子に出会うきっかけも金毘羅参りで見かけただけですし、田宮二郎が神戸の抗争に巻き込まれるのも母親の墓所をゴルフ場にされてしまったからという消費者クレーム程度のことにしか思えません。大興組と沼野観光が争うべきものが見えないまま、そもそも江波杏子の立場や心情はほとんど無視されていていつの間にか田宮二郎のことが好きになっているのも解せませんでした。田宮二郎の勢いと天地茂の飄然さがなければ、見ているのがツラくなったかもしれませんね。
けれども音楽はそこかしこにセンスの良いジャズっぽいBGMがかかって映画の雰囲気づくりに貢献していたと思います。塚原哲夫という人が作曲していまして、たまに白黒の画面がフランス映画っぽい感じに見えたりするのも音楽の効果によるものだと思います。
でもやっぱりクライマックスの銃撃戦で、田宮二郎がちっちゃなコルトだけで敵を全員殺してしまうというのもやや無理がありますよね。成田三樹夫は相討ちして水島道太郎を撃ってしまうし、須賀不二男も案外あっさりと田宮二郎にやられてしまい、いったいあのコルトは何発連続で撃てるんだろうかと疑問に思ってしまいました。破天荒なお話でも良いのですが、こうしたディテールはぜひ軽く見ないでいただきたかったと思います。(A120522)
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