トラフィック(1971年)

ジャック・タチ主演・監督によるユロ氏シリーズ第四弾はロードムービーです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジャック・タチ監督の『トラフィック』です。フランスのパントマイマーだったジャック・タチは長編第二作の『ぼくの伯父さんの休暇』で自らユロ氏を演じて以来、『ぼくの伯父さん』『プレイタイム』と続けてユロ氏を登場させてきました。本作はその第四作にあたる作品で、オランダのアムステルダムで開催される自動車見本市にキャンピングカーをパリの本社から運搬する道中のあれこれを描くロードムービー仕立てになっています。ユロ氏はもちろんベージュのレインコートに帽子と長傘といういで立ちで、膝を曲げずにヒョコヒョコ歩くおなじみの姿を見せてくれます。

【ご覧になる前に】共同製作を降板したオランダで現地ロケ撮影されました

パリの自動車会社アルトラ社ではオランダのアムステルダムで開催される自動車見本市にキャンピングカーを展示する準備が始まっています。デザイナーのユロ氏は広報を担当することになったアメリカ人のマリアとともに大型トラックで出発しますが、トラックは途中でガス欠になり、ユロ氏が田舎町のガソリンスタンドにガソリンを買いに行くハメに。再出発したものの、今度はギアの不調が発生して、修理工場に寄り道します。黄色いオープンカーで愛犬をのせて先導するマリアは見本市会場にいる専務に電話で事情を説明しますが、アルトラ社の展示ブースが白樺の装飾物だけ設営された状態のまま、見本市は始まってしまうのでした…。

ジャック・タチはフランス映画史上空前の製作費をかけたといわれる『プレイタイム』が興行的にも批評的にも失敗に終わり、本作はフランスとオランダの共同製作による低予算作品として企画されました。しかしオランダ側で共同監督する予定だったベルト・ハーンストラが辞退することになって、『ぼくの伯父さん』の脚本に参加したジャック・ラグランジュと三人で書いたシナリオだけを生かして、ジャック・タチが単独で監督することになりました。

フランスでも公開当時はあまり話題にならず、日本でも1995年に『ぼくの伯父さんの交通大戦争』という題名で一部のミニシアターで上映され、ビデオ化されただけでした。しかしジャック・タチ再評価の動きとともにフランスでレストアが行われ、2014年に開催された「ジャック・タチ映画祭」のプログラムとして『トラフィック』のタイトルで日本正式公開となりました。

オランダが共同製作から降りたとはいっても、実際のロケーション撮影はオランダで行われていて、アムステルダムにあるRAIコンベンションセンターが自動車見本市の会場として登場します。「RI」はオランダ語で「自転車産業団体」を意味するそうで、1895年にこの会場が創設された際には自転車の見本市が開かれました。1900年にRIに参加する多くのメーカーが自動車製造を開始して、RIに自動を意味する「Automobiel」を加えて「RAI」になり、RAIコンベンションセンターは現在でもモーターショーの一大開催拠点であり続けているという経緯のようです。

ユロ氏と行動を共にする広報担当のマリアを演じているマリア・キンバリーは、実際には女優さんではなく「ヴォーグ」や「エル」など世界の一流ファッション誌でファッションモデルとして活躍していました。アメリカではNHLのCMに起用されていたそうですから、有名なファッションモデルだったようです。本作でも1m74cmのプロポーションを生かして様々なファッションスタイルを見せてくれています。

ジャック・タチは本作を完成させたあとは、スウェーデンのTV局のために作ったTV映画「バラード」を監督・脚本・主演をつとめましたが、1982年に七十五歳で亡くなりました。なのでこの『トラフィック』はジャック・タチにとっての最後の劇場用映画になったのでした。

【ご覧になった後で】ジャック・タチらしいこだわりが満載された作品でした

いかがでしたか?ジャック・タチの映画はちょっとエスプリの利いた独特のおかしみを持っているのですが、ストーリーがあるようなないような感じでなかなか物語が前に進まず、見ていてちょっとイライラしてきてしまうようなまどろっこしさがありますよね。本作でもその特徴は基本的には変わらず、いつまでもノロノロとしていてボヤボヤしているうちに97分の上映時間が経過するという印象でした。

『ぼくの伯父さん』や『プレイタイム』もおかしな映画だとは思いますけど、映画の世界に没頭できるような面白さがあるかといえば、そこまでの引き込み力があるわけでもなく、何度も時計を見ては「まだ終わんないのかな」と思ってしまうようなダルさがあるように感じます。それに比べるとこの『トラフィック』はまだマシというか、たぶんトラックが展示会場に到着する頃には自動車見本市は終わっているというオチなんだろうなと予想がつく安心感がありますし、ノタノタしているとはいえトラックは確実にアムステルダムには向っている状況にあることがわかるので、ロードムービーである分「進んでいる感」が実感できて退屈することなく見ることができました。

もちろん最初からストーリーを楽しむ映画ではないことも承知の上ですので、ジャック・タチによるディテールへのこだわりに着目すれば、もっと本作を楽しめることは間違いないでしょう。その点ではジャック・タチのこだわりが満載された作品なので、全体よりも細部に目を向けたほうがいいのかもしれません。例えば「繰り返し」です。冒頭のハイウェイの場面から同じ道路を違う車が疾走するショットを繰り返しますし、展示会場では区画を示すために張った水糸を跨ぐ動作が繰り返され、駐車場ではボンネットを開けたり閉めたりする音が繰り返され、ガソリンスタンドでは白い胸像の配布が繰り返され、渋滞する道路では運転手が鼻ホジする姿が繰り返し映し出されます。タイトルバックで映される自動車工場のライン自体が同じ作業の繰り返しなのが象徴的ではありますが、ジャック・タチって本当に反復する動作や音が大好きなんだなと思いますね。

また勘違いというか取り違えというか相似形というか、とにかく似たものを並べたり使ったりしてクスっとした笑いを引き出すのも本当に巧いです。マリアの愛犬が毛皮のベストに入れ替わって車の下敷きにされるいたずらがその最たるものなんですが、マリアが乗った黄色い車の背面スペアタイヤのカバーを開けるとちょうと同じサイズの帽子が収納されているとか、警察署で伸びをして腕を頭の後ろで組んだ警官の姿が連行されて手を頭の後ろで組まされた犯罪者と同じになるだとか、修理工場で窓の向こうにいる女性が豊満な胸をさらけ出しているのかと思ったらそれは抱いている裸の赤ちゃんのお尻だったとか、白バイ警官の二人が全く同じ動作でバイクから降りてくるとか、そういうサイレント映画的なギャグセンスのある表現が散りばめられていました。

さらに車好きな人には本作のあちらこちらに出てくる自動車を見ただけでどんな車種かがわかってしまうんでしょうけど、1971年当時にヨーロッパの街中を走っていた車がそのまま映像化されているのも見どころになっていました。そんなに車に詳しくなくてもハイドロニューマチックシステムで駐車すると車体が下がるシトロエンDSなんかが出てくると、デザインや機能面でオリジナリティ溢れた車だったんだなと感心しますし、修理工場の端っこには貨物自動車として量産されたシトロエンタイプHの姿があったりして、まだこの時代には日常的に使われていたんだなと懐古趣味的な感動を覚えてしまいます。また、車体自体が寝台の長さに延びるなどいろんな仕掛けがしてあるキャンピングカーもマニア心を刺激する出来栄えでしたね。

そしてジャック・タチの一番のこだわりは、反復や相似や車などをすべてコントロールして構図と動きをひとつの映像に閉じ込めて作品化するという作業でした。ユロ氏がパンクを修理するおかしな動作と猛スピードですり抜けていく車のスレスレなところが笑える場面はバスター・キートンの映画を見ているようでしたし、交差点で交通整理をしている警官(なんとジャック・タチが演じていたそうです!)がマリアのオープンカーが通過した勢いでくるくる回って多重事故に発展する場面で、事故車から人々がゆっくりと降りてきて手や足を確かめながら伸びをするロングショットなんかは、その全動作とタイミングが計算しつくされたうえでの演出がなされていました。

そして本作のラストショットはもう完璧にジャック・タチワールドそのものでしたね。駐車場にぎっしりと車が縦横すべて埋まってしまい、その隙間を傘を差した多くの人々がジグザグに歩くというあの構図と動き。現在的にはテレビゲームでピコピコと動くゲームキャラを見ているようでもあり、デジタルの世界ではいかようにでも作れる絵なんでしょうけど、1971年にすべてリアルでアナログなフィルムの世界で映っている要素をこれほどパーフェクトにコントロールした映像ってなかなか見られないだろうなと驚いてしまいました。この撮影は当時まだ稼働していたアムステルダムのフォード工場で行われたそうで、整然と並んでいるたくさんの自動車は製造ラインから出てきた完成車だったんですね。スペースを効率的に使うために縦横関係なく自動車を停車させる工程になっていたでしょうから、それを効果的に使ってあのラストショットを完成したのだと思われます。

蛇足になりますけど、ジャック・タチの映画を見ると、小津安二郎の映画に極めて近いものを感じてしまいます。つまり画面に映るすべての要素を監督が完全に差配しているという感じですね。それは人だけでなくモノも動きも色も音もすべてが監督の絵筆によって描かれた絵画のようでもあります。そんなわけで、決して面白い映画ではないのですが、ジャック・タチのこだわりに焦点をあてるといろんなものが見えてくるようなニヤリとしてしまう作品でありました。(U061823)

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