影なき狙撃者(1962年)

冷戦をモチーフにした小説の映画化でキューバ危機の最中に公開されました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・フランケンハイマー監督の『影なき狙撃者』です。1959年に出版されたリチャード・コンドンの原作をジョージ・アクセルロッドとジョン・フランケンハイマーの脚本・監督コンビが自ら製作した作品で、朝鮮戦争でアメリカとソ連・中国が代理戦争をしていた時代を描いています。西側と東側の冷戦がモチーフになっていて、ハリウッドにも吹き荒れた赤狩りを取り上げた意欲作が公開された1962年10月は人類が核戦争に最も近づいたと言われるキューバ危機勃発の真っ最中。あまりに現実を予言したような内容だったので、公開途中で上映禁止にさせられたという噂もある作品です。

【ご覧になる前に】フランク・シナトラが出演を決意して製作が実現しました

朝鮮戦争の最前線で進軍するマーコ大尉の小隊は、チャンジンの進言に従って川を迂回したところで敵軍に捕らえられてしまいます。その小隊を犠牲者2名のみで救出したレイモンド・ショー軍曹は帰国後名誉勲章を授与されますが、その記念撮影に飛び込んできたのは彼の母親。再婚相手のアイスリン上院議員の選挙戦に息子を利用しようとしますが、レイモンドはニューヨークの新聞社に就職してしまいます。一方で陸軍本部に復帰したマーコ大尉は毎晩悪夢にうなされており、敵軍の捕虜となったレイモンドが中国共産党軍とソ連軍の幹部から洗脳を受けて、同じ小隊の兵士を次々に殺してしまう夢が繰り返されるのでしたが…。

原作を書いたリチャード・コンドンは本作以外には目立った作品を残していないようで、この「The Manchurian Candidate」が一番の代表作のようです。この小説があまりにも有名になったため、現在でもこの本のタイトルは「洗脳された人物」という意味の慣用句になっているらしく、アメリカ大統領選で相手方の候補者を誹謗するときに使われているようです。

脚色したのはジョージ・アクセルロッドで、ビリー・ワイルダー監督の『七年目の浮気』の元になった舞台戯曲の作者で、映画ではオードリー・ヘプバーンが主演した『ティファニーで朝食を』や『パリで一緒に』の脚本を書いた人でした。この脚本に目をつけたジョン・フランケンハイマーが映画化しようとしたものの、冷戦やマッカーシズムを取り上げた内容が嫌われてどの映画会社も製作しようとはしませんでした。その状況を打開したのがフランク・シナトラで、『オーシャンと十一人の仲間』でヒットを飛ばしていたシナトラはユナイテッド・アーティスト社との間で4本の映画製作の契約を交わしていて、本作をそのうちの一本にすることにしたのです。配給会社が決まったことで、アクセルロッドとフランケンハイマーによるMCプロダクションとフランク・シナトラのエセックス・プロダクションによる共同製作の体制が取られました。

出演をオファーされたフランク・シナトラは、アクセルロッドに脚本を見せてくれと頼みました。まだ20ページしか書いていなかったアクセルロッドは大急ぎで作品を仕上げて100ページのシナリオを完成させて、どの役をやりたいかシナトラの希望を聞いたそうです。結果的にシナトラはマーコ役を選び、最も重要なキャラクターであるレイモンドはローレンス・ハーヴェイが演じることになりました。ハーヴェイはリトアニア出身でイギリスを本拠地に活躍した俳優で、残念ながら四十五歳の若さで胃癌に侵されてこの世を去っています。

キューバ危機はアメリカのジョン・F・ケネディ大統領とソ連のフルシチョフ首相の対話によって10月28日にソ連がミサイルを撤去し、ギリギリのところで核戦争にならずに踏みとどまりました。本作の公開がこのキューバ危機と同時期だったため、上映中止に追い込まれたという説もあるようで、実際に当時の東側諸国や北欧三国ではソ連崩壊後の1990年代になってやっと公開されたそうですが、全米では1965年にTVで放映されていますから、上映中止は噂レベルなのかもしれません。フランク・シナトラはケネディ大統領とも気軽に話ができる間柄で、本作の公開には何の異論も持っておらず、逆に「母親役は誰がやるの?」とかに興味を持っていたんだと言われています。

そんな経緯を持った本作は1988年に日本でリバイバル公開された際には『失われた時を求めて』というタイトルに改題されたらしいのですが、なぜプルーストになるのか訳わかりませんね。そして2004年にはパラマウント映画がジョナサン・デミ監督でリメイクしたものの興行的には惨敗となり、日本では『クライシス・オブ・アメリカ』という邦題で公開がされています。

【ご覧になった後で】ややまどろっこしいものの演出とキャメラに注目です

いかがでしたか?2時間6分の上映時間はちょっと長過ぎますし、洗脳されたローレンス・ハーヴェイがトランプのソリティアでダイヤのクイーンを見た途端にスイッチが入り電話の指示通りに行動するという仕掛けがややわかりにくくて、もともと陰気なキャラクターだという設定もあり、いつ洗脳状態になったのかどうかが伝わりにくかったですね。またストーリー展開が徐々に大統領指名選挙に向けて盛り上がるわけでなく、義父のジェームズ・グレゴリーは副大統領候補で大統領候補を殺せば繰り上がるという設定にも関わらず、マジソン・スクエア・ガーデンでロケーション撮影したという党大会の場面になるまで一度も大統領候補が誰でどんな関係なのかも説明されません。原作はどうなのか知りませんけど、ジョージ・アクセルロッドの脚本は急いで書き上げたせいなのか、やや粗い出来だったと思います。

一方でジョン・フランケンハイマーの演出とキャメラマンのライオネル・リンドンによる映像は見事で、特にフランク・シナトラの悪夢として再現される中国共産党軍とソ連軍の捕虜となった場面は強烈な印象を残します。ここは洗脳された兵士たちの主観と洗脳した敵軍側の視点とが交錯する長回しの回転ショットで構成されていて、アジサイの花の講義をする黒人の園芸専門家女性が説明を始め、それをうなずきながら聴く園芸会メンバーをキャメラは回転しながらなめていきます。そしてひと回りして元に戻ると、女性園芸家が立っていた位置には中共軍幹部の中国人が立っていて、アジサイではなく洗脳の効果について語り始めるのです。ワンショットの中で幻想と現実のふたつを混ぜ合わせて表現しているわけで、これはふたつの時間をひとつのショットで描いたテオ・アンゲロプロスの手法を何年も前に先取りするような驚異的なショットだったと言えるでしょう。

さらにはジェームズ・グレゴリーがコミュニスト批判をする演説の場面もなかなか冴えていて、画面の奥に向って演説するグレゴリーの背中越しに聴衆が映し出されたショットに注目でした。こういう設定では聴衆を映して次に切り返して演説者の顔になるというのが普通というかそれ以外に手はないのですが、ジョン・フランケンハイマーはTV中継されていることを逆手にとって、中継映像モニターを手前に置いて、演者の背中越しの聴衆とモニター画面の中の演者の顔をひとつのショットに収めることに成功していました。映画産業を衰退期に追いやったライバルであるTVをこのようにうまく使ってしまえたのは、ジョン・フランケンハイマーがTVのディレクター出身だったからでしょうか。

また党大会での狙撃場面は極めて短いショットが忙しくカッティングされ、あらゆる状況を映し出しながらスピード感を増していくようなショットつなぎでした。これはまさしく1977年の『ブラック・サンデー』のスタジアム爆破寸前のパニックを描いた手法にそっくりで、本作では実際の党大会の記録映像を織り交ぜてモンタージュされていますので、ジョン・フランケンハイマーにとっては本作でやり切れなかった本映像だけの短いショットつなぎを『ブラック・サンデー』で実現させたのかもしれません。

ローレンス・ハーヴェイ演じる洗脳されたレイモンドは非常に複雑なキャラクターなので、腺病質な感じのするハーヴェイは適役でしたが、ジョーダン議員とその娘との仲睦まじい交流シーンがかえって不自然に思えてしまうくらいでした。それがその父娘を簡単にサイレンサー付きの銃で射殺してしまう奥行きを生かしたショットを印象付けることにもなっていましたけど。そういう意味ではやっぱりフランク・シナトラはマーコ役を選んで正解だったんでしょうね。

なんでもシナトラはリハーサルを繰り返しやるのには何の不満も言わず極めて監督の指示に忠実だったそうですが、キャメラを回すとなると本番初回のテイクワンしか撮影するのを許さなかったようです。シナトラとしては本番一回目の緊張感のもとで演じたテイクにこそ、自分の渾身の演技が込められているという思いだったのかもしれません。ハーヴェイにダイヤのエースを見せて洗脳から解放しようとする場面では、シナトラのアップが若干ピンボケになったショットがありました。フランケンハイマーは撮り直しを要望しましたが、シナトラが応じずピントが甘いショットしかないのでそのまま編集されて公開されることになりました。ワンテイクのルールが生んだそんな失敗ショットについて、批評家からはハーヴェイの目線で見たシナトラが幻影のように映されていると評価されたそうで、フランケンハイマーは誤解だとも言えず、賞賛の声に曖昧に肯くだけだったんだとか。本当に映画評論家って深読みし過ぎるんですよね。

母親役のアンジェラ・ランズベリーはハーヴェイとは三歳年上なだけですが、その傲慢そうな態度でしっかり年長者に見えましたし、上院議員を陰で操って反共主義者を演じさせる夫人を鬼気迫る演技で表現していました。本作製作時にはハリウッドにとってマッカーシズムは過去の忌まわしい記憶であり、糾弾した側もされた側も思い出したくない傷のようなものだったに違いありませんけど、その乾き切らない瘡蓋をえぐりとるような暴力性がランズベリーにはありましたね。またこの母親とレイモンドが近親相姦の関係にあることが原作ではあからさまに描かれているそうで、映画では唯一暗殺指令を与えたランズベリーがハーヴェイの唇を熱く吸うというショットでのみ表現されていました。

とは言っても実はランズベリーが東側の人間で、夫を反共主義者に仕立てながら大統領にすることを画策していたというのはあまりに突拍子もない展開でした。戦場で兵士を誘拐して洗脳ののち本国に送り返す作戦が、たまたま自分の息子だったなんてのも、偶然にしては出来過ぎです。またシナトラと恋仲になるジャネット・リーがなんで急に出てくるのかもよくわかりませんでした。わざわざ列車の中でシナトラに近づくのですから当然東側のスパイのように思ってしまい、いえいえ実は単なる通りすがりの女性だったと言われてもちょっと納得できません。原作のせいかもですけど、やや盛り込み過ぎて散漫になってしまったのも、まどろっこしい展開とともに本作のマイナスポイントだったと思います。(D092123)

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