あの胸にもういちど(1968年)

マリアンヌ・フェイスフルが「オートバルに乗る女の子」を演じています

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジャック・カーディフ監督の『あの胸にもういちど』です。この映画はイギリスとフランスの合作になっていて、英語では「The Girl on a motorcycle」仏語では「La Motocyclette」というタイトルになっています。主人公を演じたのはイギリスのポピュラーミュージック界のアイドルだったマリアンヌ・フェイスフル。黒のレザースーツに身を包んでフランスからドイツの郊外を駆け抜ける「オートバイに乗った女の子」を実に魅力的に演じていて、クレジットではトップビリングされているアラン・ドロンを脇役に押しやってしまいました。

【ご覧になる前に】名キャメラマンのジャック・カーディフ監督作品です

新婚の夫レイモンドの隣で寝ている妻レベッカは自分がサーカスの曲馬団の一員になっている夢から覚めると、ひとりベッドを抜け出して裸の身体を黒のレザースーツで身に包みます。早暁の中、バイクで出発したレベッカは、フランスから国境を越えてドイツのハイデルベルクに向うのですが、ハイデルベルクには父親が経営していた古書店で知り合った大学教授ダニエルが待っていて、レベッカは結婚前のレイモンドとのスキー旅行を思い出しながらもダニエルのもとに急ぐのでした…。

マリアンヌ・フェイスフルは本作出演時には二十二歳でしたが、イギリスのポピュラーミュージック界でデビューしたのは十八歳のときでした。デビューシングルの「涙あふれて」は、ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズが作詞・作曲した楽曲で、マネジャーのアンドリュー・ルーグ・オールダムも加わっています。このオールダムがマリアンヌ・フェイスフルが十七歳のときに結婚した夫と知り合いだったことが芸能界入りのきっかけだったそうで、アイドルの地位を確立したマリアンヌは夫と離婚してミック・ジャガーと付き合うようになりました。しかしドラッグに溺れて流産をしてしまったマリアンヌは自殺未遂を繰り返すようになり、本作の出演はマリアンヌの精神が不安定な時期でした。結果的にミック・ジャガーとは1970年に破局を迎え、マリアンヌは一時芸能界から姿を消しますが、1979年にアルバム「ブロークン・イングリッシュ」を発表してカムバックを果たすことになったのでした。

アラン・ドロンは前年の1968年には『冒険者たち』『サムライ』に出演したキャリアの絶頂期で、本作のすぐあとにはチャールズ・ブロンソンと共演した『さらば友よ』に出ています。その合間に事実上脇役扱いの本作に出演したのはなぜだかよくわかりませんが、1966年にはハリウッドで西部劇『テキサス』に出演していますので、アラン・ドロンとしてはイギリス合作映画で国際派男優のステップを踏んでみたかったのか、あるいはクレジットされていませんが本作の製作者のひとりだったので興行成績を上げるための出演だったのか、そんな事情があったのかもしれません。セリフはすべて英語で、アラン・ドロンが英語をしゃべる数少ない映画のうちのひとつといえるでしょう。

監督兼撮影のジャック・カーディフはイギリスを代表するほどの名キャメラマンでして、戦前ロンドン・フィルムで働いた後、戦後にはパウエル&プレスバーガーのコンビに見い出されて『黒水仙』『赤い靴』などでキャメラを回すことになりました。その後はジョン・ヒューストン監督の『アフリカの女王』、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の『裸足の伯爵夫人』、キング・ヴィダー監督の『戦争と平和』といったアメリカ・ヨーロッパ合作による大作を任されて、名実ともに一流キャメラマンの地位を確立しました。ところがこのジャック・カーディフという人は監督業にも興味があったようで、1958年に「Inter to Kill」という映画でメガホンを取ると1960年代にかけて10本ほどの映画を監督するようになります。しかもキャメラマンとしての名声にあまりそぐわないような作品が多く、『殺しのエージェント』『戦争プロフェッショナル』などのB級アクション映画が中心でした。それらの映画ではジャック・カーディフは監督に専念して撮影は別の人にやらせているのですが、この『あの胸にもういちど』は珍しくジャック・カーディフがキャメラマンを兼務しているのです。それだけジャック・カーディフとしても力が入った映画だったのかもしれません。

【ご覧になった後で】1960年代後半のサイケ調トリップ感が楽しめました

いかがでしたか?ジャック・カーディフが監督と撮影を自ら担当しているということで、B級っぽさが目立ちながらも映像表現に斬新な工夫があって、意外にもなかなか楽しめる作品になっていました。基本的にバイクを走らせる場面以外は普通の家の中やホテルの部屋で撮影しているので、美術やセットにお金をかけず低予算で製作されたんだろうなというのがB級っぽいところですが、映像表現としては疾走するバイクを移動撮影や高所からの撮影を交えて非常に躍動感のある画面で映していますし、現像処理をすることでネガフィルムをカラフルに色付けしたようなサイケ調の表現をしていて、そのどちらにもちょっとしたトリップ感が感じられるのでした。

移動撮影ではハイデルベルクに向けて走るバイクを横から猛スピードで並走しながら撮ったショットが印象的で、これはたぶんY字に分岐するような道路形状をうまく利用して撮影したものだと思われます。バイクとキャメラを載せた車が分岐した道に分かれて疾走することで、スピードを落とさずに次第に離れながら直進するバイクを長回しのワンショット内にとらえていました。またカラフルな現像処理はレベッカの夢の場面やベッドシーンなど各所でリピートされていまして、ネガポジ反転させた映像を蛍光色に色分けすることで1960年代後半を象徴するようなヒッピー文化的サイケデリック感が強調されていましたね。

そして本作のメインディッシュはもちろんレベッカを演じたマリアンヌ・フェイスフルでして、ファーストシーンでベッドから起きたレベッカがつなぎのレザースーツで全裸の身体を包み込むところから一気に観客を魅了してしまいます。黒のスーツに金髪という組み合わせが非常にファッショナブルかつセクシャルでして、この映画を見てからレーススーツの金髪美女というのは男性が憧れるアイコンとして確立されたのではないでしょうか。

そのレベッカは外見的なファッション性だけでなく、自由奔放なキャラクターとしてもこの映画をひとりでグングンと引っ張っていきます。ストーリー的には早暁に目覚めたレベッカがハイデルベルクに到着する寸前までの道程を過去の回想を交えて描いているだけのシンプルな構成なのに、わりと面白く見られてしまうのはひとえにレベッカという女性が見た世界を疑似体験できるからですし、その描き方が非常にポエティックだからです。たぶん会話よりもレベッカの独白というか独り言のほうが多いくらいの脚本になっていまして、マリアンヌ・フェイスフルの声がちょっとだけハスキーな感じで魅惑的なんですよね。さらにはバイクを飛ばす背景が街中よりも郊外の光景が多いために、逆にレベッカの内面世界がナチュラルに伝わって来て、映画自体が抒情詩のように感じられてくるようでした。

なんてそこそこ高尚な映画のように書いてしまいましたが、実は一番の見どころは終盤になってレベッカがバイクと一体になったような昂揚感でエキサイティングしてくる映像でした。ここは短いショットが積み重ねられて、バイクの座面に弾むヒップやシートを挟みつける太ももや口を半開きにして恍惚とする表情などマリアンヌ・フェイスフルの身体のあらゆる部分をクローズアップで見せていきます。これって誰が見たってバイクとレベッカが交わっている図にしか見えませんよね。ある意味では非常にいやらしい場面なわけですが、いやらしさよりもトランス状態というほうが適切に思えるような、ちょっとヘンな気分に酔わされるような映像になっていました。ジャック・カーディフはこれを撮るために一本の映画にしたんだろうなと思ってしまうのでした。

そんなわけでアラン・ドロンは本当に刺身のツマ程度の存在感しかなく、レベッカが溺れる相手としてあまりマッチョな男ではないところが良かったというくらいの貢献度しかありませんでしたね。それよりもクレジットタイトルで道路のアスファルトをセンターラインを中心にして映した画面に黄色い文字で出演者やスタッフの名前が飛んでいくように出てくるのが、デザイン的になかなかよく出来ていたと思います。ちなみにマリアンヌ・フェイスフルがアラン・ドロンから贈られたバイクはハーレー・ダビッドソンのエレクトラグライドという車種だそうです。そういえばバイクに乗るレベッカをグルーっと回って撮影するショットなんかも印象的でした、(A091322)

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