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日本映画

赤穂浪士 天の巻 地の巻(昭和31年)

東京映画配給が東横映画と大泉映画を吸収合併して、東急の子会社として東映株式会社が設立されたのは昭和26年のこと。GHQによる占領が終了して時代劇を自由に作れるようになった東映が満を持して忠臣蔵に取り組んだのが本作です。
日本映画

宮本武蔵 巌流島の決斗(昭和40年)

東映が一年一作と決めて昭和36年にスタートした「宮本武蔵シリーズ」でしたが、昭和40年になると東映は時代劇ではなくヤクザ映画路線に舵を切っていました。最終的には低予算で製作することを条件にしてシリーズ最終作となる第五作が完成しました。
日本映画

宮本武蔵 一乗寺の決斗(昭和39年)

昭和36年にスタートした東映版「宮本武蔵シリーズ」は年一本のペースを守って昭和39年正月に第四作となる『一乗寺の決斗』を公開します。第二作以降因縁の関係にあった吉岡一門との対決がクライマックスを迎え、武蔵は吉岡の門弟七十六人と対決することに。
日本映画

宮本武蔵 二刀流開眼(昭和38年)

昭和36年に始まった内田吐夢監督による東映版「宮本武蔵シリーズ」五部作も中盤に差し掛かり、第三作で武蔵のライバル佐々木小次郎が初登場し、高倉健演じる佐々木小次郎が中村錦之助演じる武蔵と対峙する展開となります。
日本映画

宮本武蔵 般若坂の決斗(昭和37年)

昭和36年5月に公開された東映版『宮本武蔵』から1年半が経過した昭和37年11月にシリーズ第二弾として劇場公開されました。姫路城を出た武蔵が京都から奈良へと剣術を磨く旅が描かれ、昭和37年度配給収入年間ランキングで第5位に入るヒットを飛ばしています。
日本映画

宮本武蔵(昭和36年)

吉川英治が書いた小説は繰り返し映画化されてきましたが、本作は内田吐夢監督と中村錦之助主演による「宮本武蔵シリーズ」の第一作で、5年にわたって劇場公開された五部作は東映が製作したこともあり「宮本武蔵」ものの決定版と言われています。
昭和二十年代

戦国無頼(昭和27年)

原作はサンデー毎日の連載された井上靖の小説で、脚色したのは稲垣浩と黒澤明。信長による城攻めで主君を失った落ち武者三人を主人公にして、そこに盗賊の娘と官女がからんで波瀾万丈の物語が繰り広げられます。
日本映画

心中天網島(昭和44年)

近松門左衛門作の人形浄瑠璃が初演されたのは享保5年(1720年)のこと。その原作を文楽の黒子を登場させたり美術セットに浮世絵を使用したりして様式的に映画化したのが篠田正浩でした。このような作品が製作できたのはATGの存在があったからのことです。
昭和二十年以前

十字路(昭和3年)

『狂った一頁』に続いて衣笠貞之助が松竹京都撮影所で作ったのがこの『十字路』で、映画が完成すると衣笠は松竹を辞めてロシアを経由してヨーロッパに渡り、本作を「ヨシワラの影」という題名にして公開することになりました。
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忠臣蔵(昭和33年)

日本の時代劇史上最大最高の鉄板コンテンツとして映画界でも繰り返し忠臣蔵ものが作られました。本作は大映が創立18周年記念としてオールスターキャストで製作したものですが、驚くことにシンプルでドンズバの『忠臣蔵』という題名を持つ忠臣蔵映画はこの大映版のみです。
日本映画

夜の鼓(昭和33年)

近松門左衛門といえば江戸中期(西暦1700年前後)に人形浄瑠璃・歌舞伎の作者として活躍した偉大な戯曲家ですが、近松が書いた「堀川波鼓」(ほりかわなみのつづみ)という三段の世話物を映画化したのが本作です。
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銭形平次捕物控 人肌蜘蛛(昭和31年)

野村胡堂が書いた時代劇小説「銭形平次」は雑誌連載時から映画化されましたが、長谷川一夫が銭形平次を演じた「銭形平次捕物控シリーズ」が最も多くの作品を残していまして、本作はその第10作にあたります。
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殿さま弥次喜多 怪談道中(昭和33年)

本作は歌舞伎出身で東映の若きスターだった中村錦之助と中村賀津雄(後に中村嘉葎雄と改名)の実の兄弟が共演した弥次喜多もので、お殿様が町民に姿を変えて活躍するという遠山の金さんパターンで東海道の旅を描いています。
昭和二十年代

地獄門(昭和28年)

永田雅一社長の指示の結果採用されたのは室内での露光でも撮影が可能なコダック社のイーストマンカラーシステムで、大映初のカラー作品は平安時代を描いた『地獄門』に決まり、アメリカ産ネガフィルムによって撮影されることになったのでした。
日本映画

お吟さま(昭和37年)

主人公のお吟は豊臣秀吉の茶頭だった千利休の義理の娘で、その波乱に満ちた生涯を小説にしたのが今東光でした。大女優田中絹代にとっては六作目の監督作品となりますが、残念ながら本作以降二度と監督することはありませんでした。
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旗本退屈男 謎の七色御殿(昭和36年)

サイレント映画時代から活躍を続けた時代劇俳優・市川右太衛門は旗本退屈男を当たり役としていて、本作はその28本目の作品にあたります。市川右太衛門が全編に渡って見事な立ち回りを見せる娯楽時代劇に仕上がっています。
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ひばり捕物帖 かんざし小判(昭和33年)

東映は美空ひばりを主演にしたいわゆる「ひばり映画」を大量生産しましたが、本作はその中の「ひばり捕物帖シリーズ」の一篇。美空ひばりの歌が堪能できるとともに、お姫様から岡っ引き、歌舞伎役者までまさに七変化の大活躍が楽しめます。
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斬る(昭和37年)

原作は「眠狂四郎シリーズ」で有名な柴田錬三郎の「梅一枝」という小説で、主人公の江戸時代末期の剣客・高倉新吾を市川雷蔵が演じていまして、大映京都撮影所の屋台骨を支えていた三隈研次が監督をつとめました。
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大忠臣蔵(昭和32年)

本作はGHQ占領終了後の忠臣蔵ブームの真っ最中に作られた一篇で、歌舞伎の興行主でもある松竹ですから一丁歌舞伎ものでやろうじゃないかということになったらしく、映画にしては珍しく「仮名手本忠臣蔵」を原作にした忠臣蔵ものになっています。
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忍びの者(昭和37年)

織田信長が伊賀に攻め込んだ天正伊賀の乱を舞台にした村山知義による原作を市川雷蔵主演で映画化した「忍びの者」シリーズの第一作で、監督は東宝争議で組合側の中心にいて東宝を退職した山本薩夫がつとめています。
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