日本侠客伝(昭和39年)

高倉健主演のやくざ映画シリーズ第一作は中村錦之助が特別出演しています

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マキノ雅弘監督の『日本侠客伝』です。東映は『人生劇場 飛車角』の大ヒットを受けて番組編成の主軸を時代劇からやくざ映画に移行していきますが、本作はその中でも高倉健を初めて主役に据えた「日本侠客伝」シリーズの記念すべき第一作にあたります。ただし東映としては高倉健単独主演ではまだ興行面で不十分だと考えたようで、特別出演として中村錦之助をもうひとりの主役に起用しました。そのかいもあって本作は昭和39年の邦画興行収入ランキング第五位(ちなみにダントツ第一位は『東京オリンピック』)と大健闘したのでした。

【ご覧になる前に】深川の木場で木材運送業を巡る縄張り争いが舞台です

大正初期の東京深川の木場政組は木材の運送取次を古くから担ってきていましたが、沖山兄弟が経営する沖山運送に仕事を奪われたうえに、親分の木場政を病気で失ってしまいます。木場政組には親分に命を救ってもらった客分の清治がいましたが、兵役を終えた長吉が帰って来て小頭として組をまとめていくことになりました。沖山運送は運賃を木場政組の七割で請け負うと偽って材木問屋の社長連中を取り込もうとしますが、そこへ長吉が乗り込み沖山兄弟と対峙することになるのですが…。

江戸時代、急拡大する町家の建設のために木材の需要は増すばかりでしたが、江戸で大火が起こると各所に点在している材木商で高積みされた木材が延焼の要因となり、幕府は材木商を深川に集結させて水路で木材を流通させる仕組みを作ることにしました。明治に入ると、鉄道も開通し陸路での運搬も加わって、東京随一の木場となった深川には材木問屋が一堂に集まるようになります。当然ながら木材の運搬を担う運送業者が必要になってくるわけでして、必要なときに必要な人足を集めれば簡単に参入できる運送業には、利権争いが生じることになったのでした。

高倉健は『人生劇場 飛車角』では飛車角の相手役を演じる立場でしたが、本作で一枚看板の主演俳優としてクレジットされています。本作が大ヒットしたおかげで、翌年以降「日本侠客伝」シリーズが東映京都撮影所で製作される一方で、東映東京撮影所では高倉健主演で「昭和残侠伝」シリーズが始まり、東西撮影所で同時並行的に高倉健主演作品が作られることになります。

かたや特別出演のクレジットで出てくる中村錦之助は言うまでもなく東映時代劇の中心にいたスター俳優。本作の直前には田坂具隆監督の文芸もの『鮫』に主演してこれも興行的に大成功を収めましたが、時代劇そのものが観客をTVに奪われてしまい飽きられ始めていた時期でした。東映としてもまだやくざ映画の可能性は未知数でしたので、高倉健と対等の役で錦之助を起用することである種保険をかけたのかもしれません。しかし歌舞伎出身の中村錦之助にとって本分はあくまでも時代劇にありました。本作の翌年に東映京都撮影所で結成された東映俳優労働組合の委員長に担ぎ出された錦之助は、昭和41年に勃発した労働争議をうまくさばき切れず、その責任をとって東映を退社することになります。その意味では本作は中村錦之助にとってもターニングポイントになる出演作となったのでした。

脚本を書いた笠原和夫は東映専属のシナリオライターで「日本侠客伝」シリーズを続けて担当したのちには「仁義なき戦い」シリーズを書くことになります。同じ笠原の苗字で笠原良三という人がいて、いつもゴッチャになってしまうのですが、笠原良三は東宝で「若大将」シリーズや「社長」シリーズを書いた人。さらに紛らわしいのはこの笠原良三と笠原和夫が共同で美空ひばり主演の「ひばり捕物帖」シリーズを書いていること。本当に別の名前にしてほしかったです。

監督はおなじみマキノ雅弘で、時代劇を得意にする中でも清水次郎長を主人公にした「次郎長三国志」シリーズを東宝でも東映でも撮っていましたから、いわゆる任侠ものも手の内に収めていた人です。やくざ映画はこの「日本侠客伝」シリーズのほとんどを監督していますし、藤純子の引退記念映画となった『関東緋桜一家』ではマキノ本人にとっても映画最終作としてメガホンを握りました。

【ご覧になった後で】クライマックスが二度あって二回おいしい展開でした

いかがでしたか?高倉健と中村錦之助がダブル主演しているようなものなので、クライマックスもそれぞれに用意されていて、クライマックスが二度楽しめる展開でしたね。「昭和残侠伝」シリーズならば高倉健と池部良が二人一緒になって殴り込みをかけるのですが、さすがに中村錦之助ですから単独の見せ場を用意しないわけにはいかなかったんでしょう。それにしても、錦之助のやる清治は三田佳子と別れの盃を交わすや否や沖山運送に単身乗り込んで、結果的には沖山兄弟の首をとることなく討ち死にしてしまいます。どうせ鉄砲玉として使い捨てされようとするなら、もうちっと事前準備をして、きっちり安部徹を狙うくらいの頭を働かせてほしいところではありました。でもまあ、錦之助の清治が頭をとると健さん用のクライマックスがなくなってしまうのでいかんともしがたいのですけど。

中村錦之助が殴り込みをかけるので、高倉健のクライマックスシーンは珍しく敵役との一対一のタメ勝負になっているのが見せ場でもありました。木材の仕分け場で沖山兄の安部徹と対決する場面は、ちょっと外国映画っぽい匂いがしてなかなかのアクションシーンになっていたと思います。安部徹は若い頃は日活で先生役みたいなのも演じていて、現在的に見ると異様な違和感があるのですが、やっぱり本作のような徹頭徹尾の悪役が似合いますね。こういう仇相手に複雑な役者をもってくるとストーリーがこんがらかってくるので、安部徹の面構えで善性を感じさせない俳優が欠かせないところでした。

一方で内田朝雄は悪役かと思ったら、木場政組との義理人情を通す筋の通った木材問屋の重鎮を演じていて、それはそれでちょっと違うような感じがしてしまうんですよね。観客側がもつ勝手なイメージって結構重要で、内田朝雄なんかを持ってくるとこの木材問屋には何か裏があって健さんはどこかで裏切られるのではなかろうかなんて無駄な心配をしてしまいました。

そうは言っても本作は高倉健と中村錦之助の二人のストーリーラインがしっかりとした屋台骨になっているのに加えて、サブストーリーがきちんと描けていて、なかなか見ごたえがありました。長門裕之が南田洋子に寄せる思いとそれがきっかけになって殺されてしまうエピソードや田村高廣が保釈中の身で危険を冒さない風な臆病風を吹かせているようでいてそれを逆手にとって相手に滅多打ちされても反撃しないという潔い喧嘩の収め方、そして大木実が同級生と殺し合いになる因縁など、重層的に構築されていて結構考えたシナリオだなあと感心してしまいました。

そして藤純子の初々しさはなんとも可憐でしたね。昭和38年にマキノ雅弘からもらった芸名で東映からデビューした藤純子は、まだ主演作のないチョイ役の時期。本作出演時はまだ十八歳という若さで、ちょっと頬っぺたなんかもふっくらしている頃ながら、存在感は抜群でした。そしてよく知らなかったのですが、本作の製作にクレジットされている俊藤浩滋はなんと藤純子の実の父親なんだそうで、この俊藤浩滋は鶴田浩二を東宝から東映に移籍させた敏腕プロデューサーなんだそうです。なので俊藤さんは自分の娘が東映で女優になることには反対していたそうですが、松竹にいくという話もあった藤純子をマキノ雅弘監督が自らスカウトして女優にさせてしまったのだとか。女優になっていなかったら、尾上菊之助の母親になることもなかったわけなので、なんだか感慨深い話ですね。(V060522)

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