宮本武蔵(昭和36年)

内田吐夢監督・中村錦之助主演による東映版「宮本武蔵シリーズ」の第一作

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、内田吐夢監督の『宮本武蔵』です。吉川英治が書いた小説は戦前から何度も繰り返し映画化されてきましたが、本作は内田吐夢監督と中村錦之助主演による「宮本武蔵シリーズ」の第一作で、5年にわたって劇場公開された五部作は、時代劇を得意とする東映が製作したこともあり「宮本武蔵」ものの決定版と言われています。本作は昭和36年度日本映画配給収入年間ベストテンで第5位に入るヒットを飛ばしていて、東映時代劇の最後のドル箱シリーズとなりました。

【ご覧になる前に】関ヶ原合戦から姫路城幽閉までタケゾウ時代が描かれます

関ヶ原の合戦が東軍勝利で終わった早暁、武蔵(タケゾウ)は宮本村からともに西軍に志願した又八と再会します。二人は落ち武者狩りをしていた朱美に拾われ、養母のお甲が足に怪我をした又八を親身になって介抱します。お甲がためこんだ鎧兜を狙って襲撃してきた野盗たちを武蔵が皆殺しにする間に、又八はお甲親娘と一緒に姿を消してしまい、又八の許嫁のお通と母親お杉に又八の無事を知らせるため宮本村に戻ることに。しかし豊臣方残党詮議の関所を破った武蔵は姫路役人丹左衛門に追われる身になったのでした…。

吉川英治が朝日新聞に「宮本武蔵」を連載したのは昭和10年から14年までの四年間。二二六事件が勃発し日中戦争が始まる時期にあって宮本武蔵が荒くれ者から剣豪、さらには求道者として成長していく物語は大衆から絶大な支持を集めました。「五輪書」を著し「鵜図」などを描いた宮本武蔵は歴史上実在した人物ですが、剣豪としての英雄譚は吉川英治の創作によるもので、新聞小説の内容があたかも史実のように広まってしまったことを吉川英治は後年になって「自責をおぼえないではいられない」と振り返ったそうです。

大人気の新聞小説を映画界が放っておくわけがなく、連載中の昭和11年には新興キネマが『宮本武蔵 地の巻』として初映画化。武蔵を演じたのは嵐寛寿郎でした。繰り返し映画化される中で、戦前の決定版となったのが稲垣浩監督・片岡千恵蔵主演による日活版三部作。稲垣浩は戦後になると東宝で三船敏郎を武蔵役にあてて初のカラー版『宮本武蔵』を完成させ、アカデミー賞名誉賞を受賞することになります。

このように過去に幾度も映画化されていたにも関わらず、東映が「宮本武蔵シリーズ」の再映画化に取り組んだのは映画人気の急落に危機感を覚えたからかもしれません。昭和36年の全国映画館入場者はのべ8.6億人で前年比15%減。TVの急激な普及によって映画館入場者はこの年以降坂を下るようにして減り続けていくことになります。東映は時代劇をキラーコンテンツとして昭和31年からメジャー6社の中で常に配給収入トップの座を守り続けていましたが、昭和36年に初めて減収を記録したあと昭和40年には東宝にトップを譲ってしまいます。「宮本武蔵」ならシリーズ化が期待できるわけで、実際に第三部までは年間トップテンに入るほどのヒットを飛ばしましたので、興行的な戦略としては間違っていなかったのではないでしょうか。

「製作大川博」というクレジットは東映作品であればいつものことで、実際に本作をプロデュースしたのは昭和36年2月に東映京都撮影所長に就任した三十七歳の岡田茂。岡田は内田吐夢監督・中村錦之助主演の五部作を1年1作ペースで五年間かけて製作すると発表し、本作は同年5月にシネマスコープのカラー作品として公開されました。内田吐夢は中国から帰国して昭和29年に東映に入社、片岡千恵蔵主演の『血槍富士』で復活を果たすと、千恵蔵版『大菩薩峠』三部作などを発表。満を持して「宮本武蔵シリーズ」に取り組むことになりました。

内田吐夢が東映に入社した年に歌舞伎界から映画界に転身したのが中村錦之助で、『笛吹童子』『紅孔雀』などで東映の若き剣戟スターとして人気を博します。しかしそのイメージが定着してしまったためか、市川雷蔵主演版『大菩薩峠』では宇津木兵馬を、東映オールスターキャストの『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』では浅野内匠頭を演じるなど、大作では脇役での起用に甘んじていました。そんな若様役から脱却するきっかけになったのがこの「宮本武蔵シリーズ」で、五部作の演技により多くの映画賞を受賞し、大川橋蔵や東千代之介らのライバルたちから一歩先んじることになったのでした。

キャメラマンの坪井誠、美術の鈴木孝俊、録音の野津裕男など東映京都撮影所で時代劇を作り続けてきたスタッフが本作でも内田吐夢を支えています。編集の宮本信太郎は東映創設以前からのキャリアがありますが、とは言っても戦後からのもので『戦国無頼』などでも編集を担当した人です。音楽だけは伊福部昭先生によるもので、相変わらず『ゴジラ』風の低音弦楽モチーフが繰り返されるのが聴きどころです。

【ご覧になった後で】内田吐夢が力量を発揮しますが配役には問題ありかも

いかがでしたか?東映が年1本と決めて製作することになったシリーズの第一作だけあって、かなり力の入った熱量の高い作品に仕上がっていましたね。特に内田吐夢の演出には厚みが感じられ、武蔵がタケゾウと呼ばれた青年時代を時代劇という枠を飛び越えたビルドゥングスロマンとして描いていました。これは原作の捌き方の巧さにも起因していて、溝口健二から鍛えられた成澤昌茂と『飢餓海峡』で内田吐夢と組む鈴木尚之の二人による脚本がベースにあることは言うまでもありません。

そこにありきたりな東映時代劇ではない味付けをするのが内田吐夢の映像演出。開巻してすぐのファーストショットがタイトな画面で暗闇の沼地を這いずり回る中村錦之助の武蔵を横移動で捉え、最後に木村功の又八に行き着くという絶妙な構成になっていて、このショットだけで観客の目を引きつけてしまいます。全編にわたってこうした移動ショットをうまく使っていて、微妙にドリーで前進したり、クレーンで俯瞰になったりする構図の変化が本作全体にダイナミズムをもたらしていました。お甲の家を襲う盗賊たちに立ち向かう錦之助の殺陣は、引き気味の長回しで撮ることによって生身のアクションを際立たせますし、一本杉に吊り下げられる錦之助を捉える俯瞰ショットは、村人たちと武蔵の対立を構造化して端的に表現していました。

内田吐夢が巧いのは動きを伝える移動ショットの間にしーんとしたフィックスショットを織り交ぜるところ。真っ青な空に浮かぶ雲のスティルショットが入ったり、杉並木の超ロングショットに豆粒のような人物を走らせたりして、ダイナミックに躍動する映画の中に一瞬の間を入れることでペースを落ち着かせる効果がありました。これはシークエンス設定にも言えることで、映画の前半まで猛烈に飛ばしまくって武蔵の山狩りとなった後、沢庵坊主がお通とともに山で武蔵の登場を待つシーンの静寂さは、激走する第一楽章のあとの静謐な第二楽章みたいで交響楽的とも思える構成が見事にはまっていました。

この場面をはじめとして、動の錦之助に対して常に静で対峙する沢庵和尚に三國連太郎を当てたのは本作最大のヒットだったかもしれません。村人に賽銭をねだり、役人を子ども扱いして、殿様を禅友に持つ怪僧をしなやかに、かつ抑制した演技で表現することができたのは三國連太郎のほかにはいなかったことでしょう。山の中で鍋をつつきながら、あるいは一本杉で吊るされた武蔵を見上げながら人生を説く姿は、本作の熱量を静かに燃え上がらせる効果があったと思います。ひたすら激情をほとばしらせる中村錦之助が鬱陶しくならないのは、三國連太郎の受けの存在が効いているからで、中村錦之助と三國連太郎の二人の俳優が両極端に位置しながらもバランスを取り続けていたことが本作の魅力につながったのではないでしょうか。

配役には問題もありまして、お通を演じた入江若葉は残念ながらミスキャストだったと言わざるを得ません。というかお通は恋愛小説としての「宮本武蔵」のコアなので、入江若葉の拙い演技は本作の価値を大きく毀損することになってしまいました。内田吐夢は昭和3年に日活で撮った『けちんぼ長者』で入江たか子を映画デビューさせた人で、文化学院高等科に通いながら花嫁修業をしていた娘の入江若葉を強引に口説き落としてお通役に抜擢したそうです。本作を企画した撮影所長の岡田茂は大地喜和子の起用を考えていたのですが、大地が文学座に進むことになって断念したんだとか。三船敏郎主演の東宝版での八千草薫に比較するのは可哀想だとしても、入江若葉のお通は何ひとつ魅力もないもっさりした田舎娘にしか見えず、第二作以降を見ようとする気が萎えてしまうくらいのマイナス点になっていました。

また武蔵に関所破りをさせてしまう姫路役人を演じた花沢徳衛もミスキャストの一人で、あまりに小物感が出過ぎて滑稽なだけの人物にしか見えませんでした。浪花千栄子のおばばや宮口精二の竹細工屋などは安定した脇役ぶりを見せていたので、配役は全体的に見ると失敗が目立っていたように思えます。もちろん木暮実千代のお甲や丘さとみの朱美、木村功の又八の三人は、本作では導入部の出演だけにとどまっているので、次作以降を乞うご期待といったところだったのかもしれませんけど。

姫路城に幽閉されて先祖の亡霊が出てくるところや城の柱や壁から血が滴るところなどは、安っぽい余計なホラー演出で蛇足にしか過ぎませんし、激しさしかなかった武蔵の表情に人生の意味を思念する気持ちが芽生えたところで第一作は幕となってしまうので、中途半端な感じは否めませんでした。5年間かけて全5作を見てねという映画館入場者繋ぎ止め作戦だったとは思いますが、当時の観客がそれほど気長であったかどうかは定かではありません。次作以降は勢いで見ないといけないかもしれませんね。(U110825)

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