日本では公開直前に爆破予告の脅迫によって上映中止になった幻の作品です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・フランケンハイマー監督の『ブラック・サンデー』です。原作は「羊たちの沈黙」などのレクター博士シリーズで有名なトマス・ハリスのデビュー作。パレスチナゲリラとモサドの戦いを描いていることから、日本では公開直前に映画館を爆破するという脅迫状が届き、上映中止に追い込まれたいわくつきの作品です。それゆえ日本では長い間上映されませんでしたが、2011年「午前十時の映画祭」でやっと正式に映画館での上映が実現することとなりました。
【ご覧になる前に】パレスチナゲリラのテロが頻発した時代を反映しています
ベイルートのアジトにパレスチナ解放人民戦線のグループ「黒い九月」のメンバーが密かに集結しました。彼らはイスラエルに武器提供を続けるアメリカを標的としてテロ闘争を開始しようと計画しています。そのアジトを急襲したのはイスラエルの諜報機関モサドの精鋭部隊。彼らはアジトの爆破に成功しますが、モサドのリーダーであるカバコフ少佐はシャワーを浴びていた女性テロリストを見逃してしまうのでした…。
「黒い九月」(Black September)はパレスチナ解放人民戦線の中でも急進派グループとして知られ、1972年のミュンヘン・オリンピックにおいて選手村のイスラエル選手団宿舎に突入、俗にいう「ミュンヘン・オリンピック事件」を起こしました。この事件では人質救出作戦が失敗して結果的にイスラエルの選手団11名が死亡するという悲惨な結果に終わってしまいます。イスラエルはただちに報復作戦を開始し、パレスチナゲリラの基地を空爆するとともに、黒い九月メンバーを暗殺する「神の怒り作戦」を発動します。この暗殺計画を担ったのがイスラエルの諜報特務庁モサドの機動部隊。モサドは黒い九月のリーダーを追い詰め、ついには殺害して「神の怒り作戦」は終結したといわれています。
トマス・ハリスの「ブラック・サンデー」はこの一連の事件を題材にして、アメリカでの大規模テロ計画に印象的な登場人物を加えて描いたスパイ小説でした。特にテロの対象をアメリカの象徴でもあるアメリカン・フットボールのプロリーグ決勝「スーパーボウル」に設定したことが、小説をダイナミックなエンタテイメント巨編にならしめたのでした。映画化にあたっては、ジョン・フランケンハイマー監督は、過去にF1レースを扱った『グラン・プリ』を製作していたことから、タイヤメーカーのグッドイヤー社に交渉してグッドイヤー飛行船の使用許可を得ることができました。またスーパーボウルが舞台になるので、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)が全面的に撮影に協力し、1976年1月18日にマイアミのオレンジボウルで行われた第10回スーパーボウルが映画のクライマックスシーンの舞台となっています。この年のゲームは、ダラス・カウボーイズとピッツバーグ・スティーラーズが対戦して21対17でスティーラーズが勝利していますが、その試合のタッチダウンの場面も映画でそのまま使われています。
そして日本での上映中止事件についてです。東宝系映画館と配給元のCICに映画館爆破予告の脅迫状が届いたのだそうですが、そこには「関係各所からの上映自粛の訴えを無視したことは許されない」というような意味の文章が書かれていたそうです。そこで明らかになったのは、中東諸国の駐日大使館からの上映中止要請でした。当時はまだ第四次中東戦争が終息して数年しか経っていない時期で、イスラエル対アラブ諸国の対立はいつ再び戦争が起こっても不思議ではない緊張度の中にありました。そんな中で、パレスチナゲリラがアメリカへの報復としてスーパーボウルの観客をテロの標的にするというテーマや、イスラエルのモサドが英雄的に描かれているバイアスのかかり方を中東諸国側が問題視したのかもしれません。東宝系映画館はハガキによる脅迫状が届いたからというよりも、中東諸国からの政治的圧力に抗しきれず、本作の上映を断念したというのが実態のようです。
【ご覧になった後で】めちゃくちゃ盛り上がるカットバックの演出が見事!
いかがでしたか?クライマックスで飛行船がスタジアムに突入していくところのカットバックがすばらしくて、本当にドキドキハラハラしてしまいましたね。この場面、飛行船・スタジアム・飛行船にワイヤーをひっかけようとするカバコフ・導火線を着火しようとするランダー・逃げ惑う観客、これらが非常に短いショットでつながれています。パニックにおちいっていく様子を多様な視点の瞬間的映像で切り取り、織り合わせることで大惨事が起こるのか起こらないのかのサスペンスを一気に盛り上げていく。これこそが映画的表現の極致で、このような描き方は小説やマンガではとてもできない映画ならではのクライマックスでした。
その中でも最高にエキサイティングなショットは、爆弾を仕込んだボートを運ぶ車がハイウェイを走るのをロングショットでとらえたキャメラが左にパンするとスタジアムが見えてきて、超満員の観客席をなめるようにしてキャメラが近づいていくその先に、フィールドの横で巡回しているカバコフ少佐が立っているのが徐々に見えてくるという長回しでした。これはもうヒッチコック映画に出てきそうなワンショットで、しかもスーパーボウル開催当日にはるか先の車の移動とロバート・ショウの立ち位置とキャメラの動きを完全一致させないと撮れない映像なので、まさに神技ともいえるスーパーショットでした。
監督のジョン・フランケンハイマーは、本作の二年前に『フレンチ・コネクション2』を監督していまして、そのときのクライマックスシーンは麻薬王シャルニエをポパイ刑事が走って走ってさらに走って追いかけていき、ボートに乗り込んだところを一発の銃弾で仕留めるというものでした。これは『フレンチ・コネクション』第一作がカーチェイスによる追跡を売り物にしていたことへのアンチテーゼでもあったのですが、本作でもフロリダの海外沿いのホテルでテロリストリーダーのファシルをカバコフ少佐が追い詰める場面も、入り組んだ市街地での足を使った追っかけが見どころになっていました。こういう場面は脚本でどのように指定されているのかわかりませんが、ジョン・フランケンハイマーによる演出手腕そのものが発揮されているといえるでしょう。
ちなみに共同脚本のひとりアーネスト・レーマンはヒッチコックの『北北西の進路を取れ』や『ファミリー・プロット』を書いたプロフェッショナルな脚本家。原作を映像化するうえでは重要な役割を果たしたと思われます。
カバコフ少佐を演じたロバート・ショウは、『ジョーズ』で超有名になったあとなのでトップにクレジットされています。ブルース・ダーンは『11人のカウボーイ』でジョン・ウェインを殺してしまう悪役を演じてから70年代では注目の脇役でした。近年ではクエンティン・タランティーノもリスペクトをこめて『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で重要な役で起用していましたね。またテロリスト役のマルト・ケラーは、スイス出身。70年代にはハリウッドでも美人だけではない個性のある女優が起用される時代になっていましたが、その中のひとりでした。トマス・ハリスによると、このテロリストのキャラクターが「羊たちの沈黙」の主人公となるクラリス・スターリングの造形につながっていったのだそうです。
上映中止になったおかげで、本作は幻の映画として逆に注目されることになりました。ビデオやDVDで発売されてはいましたが、2011年の「第2回午前十時の映画祭」の上映作品に選出されて、やっとのことで映画館での一般公開が実現されたのでした。本来であれば1977年にロードショー公開されていたのに、スクリーンにかかるまでなんと三十四年もの時間を要したんですね。(A122621)
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