小説「細い線」を映画化した心理サスペンスで小林桂樹が主人公を演じます
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、成瀬巳喜男監督の『女の中にいる他人』です。レバノン系イギリス人作家エドワード・アタイヤが書いた「細い線」という小説が原作となっていて、監督した成瀬巳喜男にとってはキャリア最終期の一本にあたる東宝作品です。主人公を演じるのは小林桂樹で、妻役は新珠三千代。昭和41年といえばもうほとんどがカラーで撮影されていた時期ですが、本作はモノクロ・スタンダードサイスで製作されました。1966年度キネマ旬報ベストテンでは第10位にランクされていて、ちなみに第1位は大映の『白い巨塔』でした。
【ご覧になる前に】原作「細い線」を認めて日本に紹介したのは江戸川乱歩
赤坂の大通りを後ろを気にしながら歩いていた田代がビヤホールで休んでいると、たまたま来合わせたのが古くからの友人で近所に住む杉本でした。仕事をしている妻さゆりと連絡が取れないという杉本と一緒に田代は鎌倉まで帰り駅前のバーに立ち寄ると、杉本は電話でさゆりが事故にあったと知らされ東京に戻ります。帰宅した田代が妻の雅子や母親にその話を伝えると、母親はさゆりのことを男好きで田代に色目をつかったこともあると噂話を始めます。東京でさゆりの友人弓子の家に着いた杉本が警察の事情聴取を受けたあとに対面したのは、ベッドで絞殺されたさゆりでした…。
1903年にレバノンで生まれたエドワード・アタイヤは、渡英してオックスフォード大学で学んだ後に作家活動に入った人。「アラブ人が語る物語」「パレスチナで何が約束されたか」など政治色の強い著作を発表する傍らでミステリー小説も書いていて、本作の原作になった「細い線」(The Thin Line)は1951年にイギリスで出版されました。
江戸川乱歩は「D坂の殺人事件」で日本の探偵小説の基礎を築き、ミステリーにエログロナンセンスを加えた「人間椅子」「陰獣」などで大衆の人気を獲得しました。戦時下において検閲が厳しくなると乱歩の作品はすべて発禁扱いとされたものの、戦後には「少年探偵団シリーズ」で子供たちに人気を博すと同時に雑誌「宝石」の編集長をつとめ、星新一や筒井康隆などの新人に作品発表の機会を提供します。海外の推理作家ともさかんに交流していたようで、イギリスの出版界からエドワード・アタイヤが書いた推理小説の噂を聞きつけたのでしょう。乱歩が激賞したことで、早川書房から「細い線」の翻訳本が出版されることになりました。
映画のための脚色を担当した井手俊郎は、東宝宣伝部に入社した後に劇場担当となり松山や京城(現ソウル)の映画館館主をつとめたという経歴の持ち主。敗戦後にプロデューサー助手としてついた『青い山脈』で今井正に命じられて書き直した脚本がデビュー作となりました。東宝争議で藤本プロダクションに所属した後にフリーとなって東宝の枠を超えて脚本家として活躍。代表作には『警察日記』『洲崎パラダイス 赤信号』などがあり、成瀬巳喜男には『めし』『晩菊』『流れる』『放浪記』などで田中澄江と組んで脚本を提供しています。
成瀬巳喜男にとって昭和41年はキャリア晩年期にあたり、本作の後には同じ年に作った『ひき逃げ』と翌年の『乱れ雲』の二作品しか残していません。昭和44年に直腸がんで亡くなった成瀬巳喜男は享年六十三歳でしたけど、昭和四十年代前半の日本人男性の平均寿命は六十七~六十九歳くらいだったそうなので、早逝とまでは言えないのかもしれません。いずれにしても成瀬は最期まで女性映画の名手と呼ばれていましたし、予算もスケジュールもきっちり守る几帳面さを保っていたそうです。
キャメラマンの福沢康道は撮影技師になってまだ三作品目というキャリアの浅い人でした。本作の後では黒澤明の『どですかでん』で斎藤孝雄とともにキャメラを回していますが、日本映画衰退期のあおりを受けたのか、撮影作品はそんなに多くないようです。注目なのは音楽を林光が担当していることで、林光といえば『裸の島』や『霧の旗』などの美しいメロディーが印象に残る作曲家です。
【ご覧になった後で】やはり最後は女性が主人公になる成瀬監督作品でした
いかがでしたか?成瀬巳喜男が犯罪サスペンス映画を撮るというのが意外な感じがしたのですが、ファーストショットが成瀬お得意の斜めからのドリーショットで始まるものの、後ろ姿の小林桂樹が何度も背後を気にして歩く姿がすでに不安感を醸成していたのはさすがでした。男と女が並んで歩くのをとらえる移動ショットが本来の成瀬ならば、この導入部は成瀬っぽさを犯罪の雰囲気づくりに転換しているわけで、成瀬自身がセルフパロディーを楽しんでいるようにも思えました。小林桂樹演じる主人公田代はビアホールで三橋達也に声をかけられてややギョッとし、鎌倉の自宅では事故というべきところを事件と言い違えるんで、この時点で小林桂樹が犯人であると観客に伝える演出が施されていました。推理小説的にいえば犯人が割れている状態で、どう読者を引き付けるかということになるんでしょうけど、本作はストーリーが進むとともに犯罪映画から心理サスペンスに変容していくのが見どころでした。
「どこかにぼくが超えた細い線があるような気がする。幻想と現実の間にあるごく細いけれども恐ろしい線が…」みたいなセリフにもあるように、小林桂樹はその細い線を超えて若林映子をマゾ的興奮の中で絞め殺してしまいます。その殺人の現場を再現するショットは、内田吐夢の『飢餓海峡』を思い出させるようなポジフィルムとネガフィルムをややズラして重ねたような特殊効果がなされていて、非現実的な感じをうまく表現していました。細い線を超えた世界が映像化されたという感じですよね。『飢餓海峡』の公開は本作のちょうど一年前ですから、成瀬としては内田吐夢へのオマージュ的にこの手法を使ったのかもしれません。
殺人のネタが割れた後の心理サスペンスとしての妙味は、「殺人の罪をなかったことにもできるのに、良心の呵責によって自首したくなる」という小林桂樹の心の動きにありました。たぶん江戸川乱歩が絶賛したのはこの設定ではないかと思うわけで、普通の犯罪小説であれば犯人はなんとか罪の発覚から逃れようとして隠蔽するばかりなのに対して、小説の「細い線」では全く正反対に自分が犯人であることを隠しておかれず誰かに告白したくなる気持ちに押しつぶされていきます。ほぼ同時期に出演していた「社長シリーズ」で小林桂樹の秘書課長が隠していたのは社長の浮気でしたけど、本作の小林桂樹はお気楽サラリーマンとは対極にある真面目で小心者の勤め人を地味ながらも堅実に表現していました。
そんな真面目だけが取り柄の夫を支える控えめな妻を演じた新珠三千代も「社長シリーズ」では芸者やバーのママをやっていたわけで笑ってしまいます。でも本作の新珠三千代はなかなか鬼気迫る演技で、後半に心理サスペンスに傾いていく本作の本当の主人公は実は新珠三千代だったのでした。夫の告白を受けて二人で黙っていましょうと約束させ、夫が告白したくなる気持ちを受けとめながらもそれを押しとどめ、三橋達也ともその告白を共有して共犯関係になり、ついには自首しようとする夫に対してある決心をする。妻雅子の心の変化を表情や声で表現しながら、絞殺シーンと同様の「細い線」を超えたポジ&ネガの世界に入って行く流れが本作を一級の心理サスペンスたらしめていたと思います。
「細い線」の映像に加えて、いつもは抑制が持ち味の成瀬巳喜男も本作ではサスペンスタッチの演出が目立っていました。序盤で繰り返される雨は、梅雨という季節の表現ではなく、登場人物たちに晴れることのない抑鬱的なシチュエーションに追い込んでいくメタファーとして使われていましたし、新珠三千代を真正面からとらえたクローズアップショットはラストに向けての決心をショックとともに提示する効果がありました。
さらに見事だったのは小林桂樹が新珠三千代に告白をするふたつのシーン。新珠三千代に対して小林桂樹が若林映子と関係していたと告白する場面では、停電になって灯した蝋燭によって影が強調されていて、それまで何の疑いも持たずに明朗な妻であった新珠三千代の心に暗い影が支配し始めるのを表象していました。またついに小林桂樹が殺人を告白する温泉場のトンネルの場面。ここでもトンネル内の暗闇がうまく使われていて、新珠三千代はそのトンネルから逃げ出してしまい、すなわち夫の罪を受け入れたくないという心境が映像化されていました。
このふたつのシーンでは照明のコントロールが完璧になされていて、照明を担当したスタッフを調べたら石井長四郎という人でした。東宝専属で成瀬作品でも継続して照明をこなしてきたキャリアがあるので、成瀬巳喜男としても石井長四郎の腕を信じてあえて光と影を強調した映像を作ってみたんでしょう。こうした演出は別の言い方をすればあざといと受け取られる危険もあるので、やっぱり本作は成瀬としてはちょっと異端な作品なのではないでしょうか。
そんなわけで100分が緊張感をもってダレることなく見られる面白い映画ではありました。前提としてはエドワード・アタイヤの原作の魅力があるわけで、それをうまく翻案した井手俊郎の脚本も巧かったと思います。ただ一点だけどうしても納得できないのは、三橋達也の自宅の隣で若者たちがゴーゴーダンスに興じているロングショットから始まるシーンでした。映画の流れがいきなりブツ切りになって、小林桂樹の心の迷いなどを描かないまま、三橋達也の部屋で小林桂樹が突然若林映子殺しを告白してしまうのです。新珠三千代への告白は照明をうまく使ってあんなに丁寧に描写しったのに、絞殺した女の夫に対しての告白としてはあまりに唐突過ぎます。見ていて「ああ、これは小林桂樹の夢なんだな」と勘違いしてしまうほどでした。結局は三橋達也も「やっぱりか」とかなんとか言いながらも、その告白を受け入れ、かつ赦してしまうので、心理サスペンスとしての本作が最も緊張すべきシーンとしては大失敗に終わってしまいました。それなりの出来の映画なのに、ここだけが非常に残念でした。(T012126)

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