第二次大戦末期のパリ解放を描いた米仏合作のオールスターキャスト作品です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ルネ・クレマン監督の『パリは燃えているか』です。第二次世界大戦中、ナチスドイツによって占領されていたパリは1944年8月に解放されました。その経緯を詳細に描いたドキュメンタリー小説「パリは燃えているか」を映画化したのが本作で、パリでのロケーション撮影時に赤と黒のナチス旗の掲揚が禁じられたため、白黒フィルムでの撮影を余儀なくされたという逸話も残っています。『太陽がいっぱい』などでフランスを代表する監督であったルネ・クレマンが起用され、キャストもフランス映画でおなじみのビッグスターが勢ぞろいしています。
【ご覧になる前に】脚本の内容に当時のドゴール政権が圧力をかけたそうです
ドイツ東プロイセンの作戦本部に呼び出されたコルティッツ将軍はヒトラーから直々にパリ総司令官を命じられ、連合軍との戦いになったらパリを焼き払えと指示されます。パリではナチスに抵抗するレジスタンス活動が暴発寸前になっていて、ドゴール将軍派の幹部デルマは連合軍をパリに侵攻させるようロンドンに交渉に行き、共産党派の自由フランス軍ロル大佐は武装蜂起に備えて武器・弾薬の入手を優先させる方針を発表します。パリに着任したコルティッツの元に訪れたのはスウェーデン領事ノルドリンク。彼はレジスタンスから政治犯を釈放するよう仲介役を頼まれ、フランソワーズは夫ラベを救おうとドイツ行き列車に積み込まれる捕虜たちの間をぬって、夫の姿を探し求めるのですが…。
原作の「パリは燃えているか」を書いたのはラリー・コリンズとドミニク・ラピエール。パリ・マッチ誌で知り合った二人のジャーナリストは、パリ解放が単なる無血開城だったわけではなく、レジスタンス組織の内紛や大戦後の主導権争い、ドイツ戦勝利を優先した連合国軍が兵站の心配があってパリ侵攻を躊躇していたこと、警察本部をはじめとしてパリのいたるところで銃撃戦が繰り広げられた事実などを詳細に書き込んでいます。この本は日本では長く絶版になっていたのですが、2016年に早川書房から復刊されて、柳田邦男から「戦史ドキュメントの中で十指に入る作品」と評されています。
このドキュメンタリーを映画化しようとしたのがフランスのプロデューサーのポール・グレッツで、ジェラール・フィリップが主演した『肉体の悪魔』や『しのび逢い』の製作者です。戦争映画では1962年に20世紀フォックスがリリースした『史上最大の作戦』が世界興行収入第三位の大ヒット作となり、その成功にあやかろうとしたのがパラマウント・ピクチャーズでした。莫大な予算を得てアメリカ・フランス合作となった本作の監督に指名されたのがルネ・クレマン。クレマンはポール・グレッツとは『しのび逢い』一緒に仕事をしていましたし、『太陽がいっぱい』でフランスを代表する映画監督の座を獲得していましたので、この戦争大作の監督を任されたのでした。
脚色を担当したのはゴア・ヴィダルとフランシス・フォード・コッポラで、ゴア・ヴィダルはアメリカで最初に同性愛を扱った小説家として有名な人だそうです。1950年代にはMGMと契約して脚本の仕事も始め、執筆に加わった『ベン・ハー』はチャールトン・ヘストンとスティーヴン・ボイドの友情を同性愛的に描いたためにノンクレジットにされてしまったとか。一方のコッポラは言うまでもなく『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』で大成功する監督ですが、この当時は『雨のニューオリンズ』や『パットン大戦車軍団』などで脚本を書いていた時期でした。
そのコッポラが言うには、本作をパリで撮影するためには大統領の許可が必要で、本作の映画化にあたって脚本の内容も当時のドゴール大統領の管理下に置かれたんだとか。パリ解放における共産党派の貢献度を控えめに表現するような検閲がかけられて、明らかに政治的圧力があったと言っています。ドゴールは1959年から1969年までフランスの大統領の地位にあり、フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」では暗殺の対象となるくらいに偉大かつ敵対者も多い歴史的軍人であり政治家でした。そういうエピソードを聞いてしまうと、確かに原作よりはるかにいろんな要素が省略されて描かれているようにも思えます。
『史上最大の作戦』に倣ってフランス映画界のスターがこれでもかというくらいに登場するので、俳優の名前を確認するだけでも手間がかかる作品になっています。エンディングにはじめてカラーでパリの街が空撮で映し出されて、そこにクレジットが表示されるのですが、トップビリングはやっぱりジャン・ポール・ベルモンドです。日本ではどうしてもアラン・ドロンのほうがビッグネームのように考えてしまいがちですが、フランスでは圧倒的にベルモンドのほうが格上だったんですね。そのほかにはイヴ・モンタン、シャルル・ボワイエ、ジャン・ルイ・トランティニャン、ミシェル・ピコリ、シモーヌ・シニョレなどおなじみのフランス人俳優が顔を揃え、アメリカからもカーク・ダグラス、グレン・フォード、アンソニー・パーキンス、ジョージ・チャキリスなどが出演しています。
【ご覧になった後で】一番カッコいいのはドイツのコルティッツ将軍でしたね
いかがでしたか?パリ解放にまつわる逸話の中で最も印象的なのは、ヒトラーによるパリを廃墟にせよというクレージーかつヒステリックな命令をパリ総司令官コルティッツが無視して、世界的な文化都市パリを守った経緯なのありまして、その点でもコルティッツ将軍が一番カッコよく見えてしまうのも仕方ないところでした。原作ではコルティッツが爆破しようかやめようかとかなり悩んで心変わりしたりする経緯を面白く読ませるのですが、その裏にはスウェーデン領事ノルドリンクの獅子奮迅の活躍があったことになっています。なので本作ではゲルト・フレーベとオーソン・ウェルズが最も儲け役といえるわけでして、ゲルト・フレーベなんか『007ゴールドフィンガー』の悪役をやっていた人ですよ。でもゲルト・フレーベは戦争中ナチ党員だった身分を利用してユダヤ人の国外脱出を援助していたそうで、ドイツが統一される前の西ドイツでは国民的な人気俳優だったそうです。
それに比べるとベルモンドもアラン・ドロンも今ひとつパッとしないのは、たぶんドゴール派と共産党派の主導権争いがうまく描けていない脚本のせいではないでしょうか。最初に警察本部を占拠するのがドゴール派で、それに追随するのが共産党のロル大佐派なのですが、そこらへんはわかるにしても、周辺人物の誰がどっちの側なのかがはっきりしないところがあって、なのでアラン・ドロンがロンドンに何をしに行ったのかとかベルモンドが首相官邸でなんで歓迎されるかとかがすんなり呑み込めないのでした。
原作ではコルティッツ将軍を車に乗せてパリ市内を引き回すときにロル大佐が強引に同乗して、自分たちの手柄にしようとするあたりが語られていますし、ドゴール将軍本人がパリ解放に間に合わせるために悪天候の中でイギリスからフランスへセスナ機での飛行を敢行して戻って来るところが非常に盛り上がります。映画化にあたっては、政治的検閲のせいなのかそういうのが一切省かれてしまっていて、ガロア少佐が連合国軍の駐屯地までの決死行の末にルクレール将軍を動かすところだけが本線のような感じになっていたのがなんとも寂しい限りでした。
そのガロア少佐役を演じたピエール・ヴァネックという俳優さんはなかなかストイックな感じを出していてよかったんじゃないでしょうか。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『わが青春のマリアンヌ』に出ているそうですが、ほとんど記憶に残っておりませんけど。あとは終盤にドイツ軍司令部があるホテルを急襲するジャン・ピエール・カッセルは、シドニー・ルメット監督の『オリエント急行殺人事件』で従順な車掌役をやった人だったんですね。道理で正直者っぽい感じの隊長さんだったわけです。
こんなにお金をかけてオールスターで作ったにも関わらず、本作の興行収入は『史上最大の作戦』の4分の1にも満たず、パラマウントとしては当てがはずれてしまったようです。もっとも『史上最大の作戦』がきちんと各国の出演者が母国語を話していて、様々な国が参戦したヨーロッパ戦争を言語面でも表現していたのに比べると、本作は全部英語オンリーで、ドイツ人でドイツ語を話すのはなぜかヒトラーだけという変な設定なのが安普請な感じでしたから、コケたのも仕方ないかもしれません。でもまあパラマウントとコッポラとは縁が深いみたいで、1970年代の「ゴッドファーザーシリーズ」で大儲けをするわけなので、本作の興行的失敗など取るに足らない出来事だったんでしょうね。(V010223)
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