サマー・ストック(1950年)

ジュディ・ガーランドにとってMGMでの最後の出演となったミュージカル

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、チャールズ・ウォルタース監督の『サマー・ストック』です。ジュディ・ガーランドはMGMミュージカルを代表するスターでしたが、少女時代からの薬物中毒の影響で心身ともに不安定になり、立て続けに主演作から降板する事態となりました。やっとのことで出演した本作でも9kgも体重が増えるなど現場が混乱し、本作完成後にMGMはジュディとの契約を破棄してしまいます。そのジュディを支えたのが共演者のジーン・ケリーだったのですが、結果的にジュディにとっての最後のMGMミュージカル作品となったと同時に、ジーン・ケリーとの共演も最後となったのでした。

【ご覧になる前に】名場面だけが取り上げられたのに日本未公開のままでした

両親から牧場を受け継いだジェーンは今年も収穫がなく使用人に逃げられてしまい、代わりに幼馴染のオーヴィルの店でトラクターを注文します。牧場に戻ると芝居仲間を大勢引き連れた妹のアビゲイルが納屋を芝居小屋に使うことになっていて、ジェーンは牧場の仕事を手伝ってもらう条件で許可します。アビゲイルと恋仲の演出家ジョーは、納屋に寝泊まりしながら芝居の稽古を進め、新しいショーの準備状況はニューヨークの劇界でも話題になるほどでした。そんなときアビゲイルにブロードウェイの劇場から声がかかり、ジョーはジェーンに代役をしてくれないかと頼むのですが…。

ジュディ・ガーランドは1935年に十三歳でMGMと専属契約を交わしました。MGMのプロデューサーだったアーサー・フリードがジュディの歌唱力を評価したことが大きな理由だったと言われていますが、すぐに契約解除されてしまったディアナ・ダービンがユニヴァーサルスタジオに入って『オーケストラの少女』で大成功したので、本当はジュディとの契約を解除するつもりがフリードが間違ってディアナを解雇してしまったのではないかという噂もあるようです。

けれどもジュディの成功はそれ以上で、1939年に『オズの魔法使い』で主役のドロシーを演じて一躍有名になり、ミッキー・ルーニー主演の「アンディ・ハーディ」シリーズでルーニーの恋人役を演じた『青春一座』で少女スターとしての地位を不動のものにしました。ドル箱になったジュディは1940年から1941年にかけて年に3本の映画に出演していて、太りやすい体質だったジュディにMGMはダイエット薬を常用させるようになります。

当時ハリウッドだけでなくアメリカ合衆国全体で使用されていたアンフェタミンは「Wonder Drug」(驚異の薬)としてその効用のすばらしさが喧伝されていて、ダイエットとともに疲労回復、眠気除去、気力昂揚などの効果が認められて、軍隊でも兵士が当たり前のように使っていたそうです。このアンフェタミンは簡単にいえば覚醒剤で、ジュディは痩せられるし夜眠くても撮影にのぞめるということで覚醒剤漬けになってしまい、結果的に精神的にも身体的にも薬に頼り切る薬物中毒者になってしまったのでした。ここらへんの経緯は2019年の映画『ジュディ 虹の彼方に』で詳しく描かれています。

1944年の『若草の頃』や1948年の『イースター・パレード』といったMGMミュージカルの代表作に主演したジュディでしたが、やがて心身ともに不安定になって徐々に撮影に遅刻したり文句をつけたりすることが目立ち始めます。フレッド・アステアと再度コンビを組むはずだった1949年の『ブロードウェイのバークレー夫妻』では主演をジンジャー・ロジャースに奪われ、『アニーよ銃をとれ』でもアニー役を降板させられてベティ・ハットンが代役に起用されました。次第にMGMの中で迷惑者として孤立していくジュディに寄り添ったのがジーン・ケリーで、もとは『イースター・パレード』で共演する予定だったジーン・ケリーは撮影直前に骨折してしまってジュディとの共演が実現しなかったのでした。本作でいよいよコンビを組めることになったジーン・ケリーはジュディを献身的に支援したそうで、ジュディが明らかに撮影するのが無理という日にはジーン・ケリーは自分が怪我したことにすれば今日の撮影は休めるよとまで進言したんだとか。ジーン・ケリーってやさしい人だったんですね。

監督のチャールズ・ウォルタースはMGMのオールスターキャストミュージカル『ジーグフェルド・フォリーズ』の監督をした人で、『イースター・パレード』や『リリー』『上流社会』などのMGMを代表する作品を作った人です。オーケストラと作曲を担当したのはコンラッド・サリンジャーで、『巴里のアメリカ人』や『パリの恋人』『バンド・ワゴン』なども彼の仕事のようですがクレジットされていないのはなぜなんでしょうか。ミュージカル映画では新曲とスタンダードナンバーがごちゃまぜに使われることも多いので、個別の作曲家を優先するのかもしれませんね。

【ご覧になった後で】ショーに出てくる「Get Happy」が最高にゴキケンです

いかがでしたか?確かに本作を見るとジュディ・ガーランドがちょっと太り気味な感じがして、まあ農場主という役なので多少太っていても不自然ではないもののダンスシーンになるとやや太めなのが気にはなってしまいます。それを衣裳担当のウォルター・プランケットが襟の大きなブラウスを着せて、太めの上半身を隠すように工夫したそうですけど、それでもジーン・ケリーと本格的なタップダンスデュオを見せるダンスシーンではかなりがんばっていて、ジーン・ケリーも非常に楽しそうに踊っているのが印象的でした。

そして最後のショーの場面に出てくる「Get Happy」がもう最高に素晴らしくて、日本ではこの場面だけが『ザッツ・エンタテインメント』に取り上げられて有名になったわけですが、やっぱり本編を見ても思わず「カッコイイ!」と叫んでしまうほどジュディ・ガーランドは最高にクールでスタイリッシュでセクシーでした。この曲はハロルド・アーマンという人が1930年にレビューの挿入歌として書いたもので、作詞はハロルド・アーマンとコンビを組みデューク・エリントンとの共作もあるテッド・ケーラー。「約束の地」とか「審判の日」とか「ハレルヤ」という言葉が取り入れられた賛美歌調の歌詞をジャジーに歌いあげるジュディの歌唱力も大したものですけれども、チャールズ・ウォルタースが振り付けをしたというショー演出が非常に効果的で、赤いバックに黒のタキシード姿というコントラストと、この撮影の時にはダイエットに成功したジュディのスレンダーな肢体と男性ダンサーのエロティックなからみ合いがアダルトな雰囲気を醸し出していました。

本作はいわゆるバックステージミュージカルというおなじみのパターンもので、ショーを開くまでのすったもんだがあって、主役の二人が恋に落ちて、最後にはショーの幕が開き、舞台で上演される出し物がそのまま映画のクライマックスになるという構成をとっています。本作も次々に入れ替わるショーの出し物がどれも面白くて、フィル・シルヴァースが演じるメガネ男がジーン・ケリーとコミカルに歌い踊る場面などバラエティが豊かで楽しめました。

そこに行くまでの中ではやっぱりジーン・ケリーのタップ技術をたっぷりと見せる「You Wonderful you」が見どころだったですね。床のきしみを気にするジーン・ケリーがそのきしみ音を使って、タップのタタタンと床のキュー、さらに新聞紙のサササを加えて、ダンスを音で見せていきます。ダンサーの足が楽器のドラムのようにスネアやシンバルの音を自在に操るような見事なアンサンブルになっていて、ここはチャールズ・ウォルタースがジーン・ケリーの個人芸をそのまま見せるワンショットで捉えていることもあり、至芸を堪能できるように表現されていました。

このようなMGMミュージカルの佳作が日本公開されないままになっていたのは本当に惜しいことでしたが、確かに農場でミュージカルをやろうみたいな設定が、日本ではドサ回り芸人の地方公演のように見えてしまう懸念があったのかもしれませんね。実際にあんな納屋に設えた小屋にニューヨークの劇評家なんかが来るわけないと思いますけど、そこらへんをMGMミュージカルの寓話性で補えてしまえるのがアメリカのミュージカル文化なんでしょう。「Get Happy」でのジュディ・ガーランドのすばらしいパフォーマンスが記録されただけでも十分に価値がある映画なので、話がつまらなくて途中で見るのをやめないでほしい一編です。(A112622)

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