麗しのサブリナ(1954年)

オードリー・ヘプバーンが『ローマの休日』の次に主演した恋愛コメディです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ビリー・ワイルダー監督の『麗しのサブリナ』です。1953年に公開されたウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』でオードリー・ヘプバーンはアカデミー賞主演女優賞を獲得して、そのスリムな妖精のような姿はグラマラス女優主体だったアメリカ映画の常識を覆すまでになりました。そのオードリーが次の主演作に選んだのがこの『麗しのサブリナ』で、ビリー・ワイルダー監督がブロードウェイで上演されることになっていた原作を買い付け、オードリーが主演する前提で脚本化した作品です。ハンフリー・ボガードとウィリアム・ホールデンの間で恋に揺れる運転手の娘をオードリーが魅力的に演じ、ロマンティック・コメディの傑作として今でも語り継がれています。

【ご覧になる前に】ハンフリー・ボガードはケーリー・グラントの代役でした

ロングアイランドのララビー家でパーティが開かれている夜、車庫で自動車を洗車している運転手フェアチャイルドの横で、娘のサブリナは木の上からパーティの様子を眺めています。サブリナが見つめているのはララビー家の次男デヴィッド。デヴィッドが頭取の令嬢を屋内テニスコートに誘い出そうとするところに声をかけたサブリナですが、デヴィッドからは無視され、父親からは料理の勉強のためパリ行きを言い渡されます。恋に破れたサブリナは閉め切った車庫の中で自動車のエンジンを全開にして自殺を図ろうとしますが、そこに通りかかった長男のライナスがエンジンを止めてサブリナを救い出します。サブリナが傷心のままパリで料理のレッスンに励む一方で、ライナスは新製品プラスチックの事業化のためにデヴィッドを協力会社社長の娘と結婚させようと目論むのでしたが…。

オードリー・ヘプバーンは本作撮影時には二十四歳でしたので、『ローマの休日』でスターになったのは意外と遅い時期でした。とはいっても年齢よりもはるかに若くピュアに見える美貌は当時のハリウッドの男優たちを虜にしたようで、本作で共演したウィリアム・ホールデンはたちまちオードリーと恋に落ちてしまったそうです。しかしホールデンは女優のブレンダ・マーシャルと結婚して三人の子供をもうけていて、しかも妻のブレンダはホールデンにパイプカットを強制していました。結婚して子供を持ちたいと願っていたオードリーはその事実を知るとホールデンとの関係を自ら断ち切ることを決意したんだそうです。

一方のハンフリー・ボガードは実は代役で、予定ではケーリー・グラントが長男のライナス役をやることになっていたものの撮影1週間前に急にキャンセルしてしまい、ボガードに配役が回ってきました。ボガードとウィリアム・ホールデンは以前共演したときから仲が悪く、本作撮影時もボガードはホールデンのことをバカにしていたんだとか。だとしても二十四歳のオードリーと三十五歳のホールデンに対してボガードは五十三歳。明らかにボガードは歳を食い過ぎていて、当時の批評家たちもこの代役は失敗だったと評していたようです。でももしケーリー・グラントがそのまま出演していたとしても四十九歳でしたので、まあ年齢でどうのこうの言うのは失礼な話かもしれません。

ブロードウェイの原作を書いたサミュエル・テイラーは後にヒッチコックの『めまい』の脚本に参加する人ですが、本作はブロードウェイの舞台が始まる前にパラマウントが映画化権を獲得したため、舞台と映画では違うストーリーになっているそうです。しかも撮影が始まってもまだシナリオが完成しておらず、その時点でサミュエル・テイラーは降板。ビリー・ワイルダーがアーネスト・レーマンを呼び出して、二人でその日の撮影分の脚本を書くという状況での創作だったそうです。アーネスト・レーマンは本作でアカデミー賞脚本賞にノミネートされたのをきっかけとして『王様と私』や『北北西に進路を取れ』の脚本を任されるようになりますので、キャリアのチャンスを与えてくれたビリー・ワイルダーに感謝したことでしょう。

オードリー・ヘプバーンの本作出演料はわずか1.5万ドルで、ボガードの30万ドル、ホールデンの15万ドルとは雲泥の差でしたが、主演第二作目の本作でもアカデミー賞主演女優賞にノミネートされハリウッドのスター女優としての地位を不動のものにしました。オードリーは出演作品を厳選するようになり、大監督のもとで有名男優との共演を希望していくのですが、ビリー・ワイルダー監督はその中でも本作と『昼下がりの情事』で二度オードリーを使うことになった幸運な監督でした。もちろん三作品でオードリーに指名されたスタンリー・ドーネンには及びませんが、1950年代のオードリーのイメージづくりにビリー・ワイルダーによる演出が大きく貢献したのは間違いありません。

【ご覧になった後で】魅力的なオードリーに比べてボガードはどうでしょうか

いかがでしたか?オードリー・ヘプバーンは『ローマの休日』の逆を行っていて、すなわち『ローマの休日』における王女がつかの間の時間だけ庶民の娘になるというパターンではなく、『麗しのサブリナ』では庶民的な娘がパリ留学中に女性的魅力に磨きをかけて絶品の美女として戻って来るというシンデレラストーリーになっていました。そもそもオードリー自身が魅力的な女優ですので、フェアチャイルド運転手の娘として初登場するショットからしてすでに見とれてしまうのですが、パリから帰って来た後にはその魅力がさらにワンステップ上昇して美貌と品格とゆとりを兼ね備えたレディになっていました。これが本作の一番の見どころで、ビリー・ワイルダー監督がオードリー・ヘプバーンの存在を存分に活用したことがわかりますし、当時のハリウッドでモテ男の代表だったウィリアム・ホールデンがオードリーにメロメロになってしまったのも納得しないわけにはいかないのです。

そしてオードリーの魅力はその容姿や外見だけではありません。開巻してすぐにララビー家の豪勢さを説明するナレーションはオードリーの声によるもので、そのほんの少しハスキーで甘い感じのする声が本当に個性的で耳に心地よい響きとして残ります。またファッションを着こなすセンスも抜群で、本作でアカデミー賞衣裳デザイン賞を獲得したのはイーディス・ヘッド女史でしたが、オードリーは実際にはジヴァンシーがデザインした衣裳を自ら選んで着用していました。さらにはウィリアム・ホールデンに憧れる娘時代の恋心から、ハンフリー・ボガードの表面には出ない内面に触れたときに急激に惹かれていくナイーブさに変化する感情表現は、とても新人とは思えない(もっともオードリーは新人ではありませんでしたが)演技力の発露でして、オードリーが単なるカバーガールではなく、リアルな演技ができると同時に神秘的な妖精にもなれる実に深淵で清廉な女優であることが多くの観客に認知されたのでした。

それに対してオードリーが愛することになるライナス役のハンフリー・ボガードはいかがなもんでしょうか。もちろんハンフリー・ボガードが一流のタフガイであり、ハリウッドのアイコン的男優としてだけではなく『アフリカの女王』で見せたような複雑な演技ができる演技者であることは知っています。けれども本作のライナスはハンフリー・ボガードがやるにはあまりに年長者過ぎてしまい、相手が娘のようにしか見えないオードリーであるだけに老いらくの恋というか勘違いの年の差婚というか、なんともバツの悪い間の抜けた恋愛にしか見えないのが残念でした。恋敵となるウィリアム・ホールデンがチャラい男性ながらもある種のワイルドさというか反権威主義的なアヴァンギャルド性を感じさせるキャラクターを演じているので、ハンフリー・ボガードが余計にボンクラにしか見えず、なぜケーリー・グラントの代役にハンフリー・ボガードを起用したのかが全く理解できませんでした。本作はビリー・ワイルダー監督がプロデューサーも兼ねていまして、その意味ではキャスティングのミスはビリー・ワイルダーの責任かもしれないですね。

とはいってもビリー・ワイルダーの演出は実に手堅く、ショットの長さや画面のサイズ、その構図内での俳優の動かし方などどれひとつ違和感がなく、そのため演出されていることを観客は全く意識せずに物語に没頭させられます。こうした没入感を得られるのは、ビリー・ワイルダーの演出に一切作為的なものがなく、ごく自然に観客を物語世界に引き込んでしまう力があるからで、映像テクニックや特異なキャメラの動きや極端な色彩設計などをしなくても映画が映画として成立することを見事に証明していると思います。たぶん脚本と俳優が決まれば、いつでもどこでもビリー・ワイルダーは良品をまとめあげてしまう職人的監督だったのでしょう。なのでくどいようですが、ハンフリー・ボガードの起用だけは本作の唯一の失敗だったのではないでしょうか。

また本作のムードを底支えしていた音楽は超有名な楽曲を引用することで成功していました。「La Vie en rose」(バラ色の人生)はもとはエディット・ピアフが1946年にヒットさせたシャンソンで、本作ではオードリーが何度か口ずさむ場面で出てきて、『パリの恋人』や『ティファニーで朝食を』でオードリーが自らの声で歌う前に『麗しのサブリナ』で歌声を聞かせていたのは驚きでした。

そして本作を支えるもうひとつの要素はサブリナの家族たち。ジョン・ウィリアムズが演じる父親は、『昼下がりの情事』のモーリス・シュヴァリエとタメを張るほどの出来栄えでしたし、ジョン・ウィリアムズとしてもヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ』の刑事役をやるためには本作の存在は欠かせないものだったでしょう。また俳優の名前は全くわかりませんが、サブリナを応援するララビー家の使用人たちの気持ちの温かさは、まさにハートウォーミングコメディに必須の要素で、サブリナがデヴィッドとダンスをするのを見て、トレーをゲストにあずけてしまうウェイターのおじさんの気持ちが痛いほど伝わってきました。もちろんサブリナがオードリー・ヘプバーンだからこそ、ウィリアム・ホールデンとの恋の成就が嬉しくなってしまうのでしょうけどね。(V111722)

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