東京オリンピックの直前に公開された植木等主演の日本一シリーズ第二作です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、古沢憲吾監督の『日本一のホラ吹き男』です。アジア初となる東京オリンピックが開催されたのは昭和39年10月のことでしたが、本作はそのちょうど4ケ月前の6月に公開されました。日本中がオリンピックに向って湧き上がっている時期で、「無責任シリーズ」ではいかに会社で楽をするかに腐心していた主人公も本作では徹夜仕事も辞さないモーレツ社員として出世街道を驀進していきます。クレージー映画の中でも「日本一シリーズ」はクレージーキャッツのメンバー全員が出演するわけではなく、植木等が主演しメンバー数人が脇役で共演する配役になっています。
【ご覧になる前に】東京オリンピック陸上三段跳びの候補選手が主人公です
オリンピックの陸上候補選手が集まる練習場にやってきた初等(はじめひとし)はいきなり世界記録を超えそうな跳躍を披露しますがアキレス腱断裂で入院してしまいます。退院後にゆっくり練習を再開しろというコーチの言葉に従って田舎に帰った等のもとに来たのは候補選手から外れたという手紙。偶然田舎で発掘されたのが大ボラをすべて実現させてきたという祖先の伝記で、大学に戻った等は日本を代表する増益(マスマス)電機に入社して重役になると公言するのですが、大言壮語を披露した面接の結果は不採用でした。しかし必ずホラは実現すると信じる等は、守衛の臨時雇いとして増益電機で働き始め、社長が始業前にゴルフをするのを日課にしていることを聞き出すのでした…。
昭和39年10月10日に始まった東京オリンピックは東京の街を大改造する一大事業でもありました。開催までには日本中がオリンピックムードに包まれて、オリンピックという言葉を使うこと自体が厳しく管理されている現在とは違って、街のいたるところに「オリンピック」の文字が氾濫していました。本作は開催4ヶ月前に公開されていますので撮影はたぶん半年前くらいでしょうか。開巻していきなり出てくるのが「JAPAN」の胸文字が描かれたユニフォーム姿の陸上選手たち。オリンピック出場候補選手が強化合宿をしているという設定からスタートします。そのほかにもデート先の公園にオリンピックの宣伝看板が出ていたりして、当時の雰囲気を垣間見ることができます。
監督は『ニッポン無責任時代』で東宝クレージー映画の幕を切って落とした古沢憲吾。オープニングタイトルで古沢憲吾の文字がギュギューンと奥から飛び出てくるのもこの人ならではのスタイルです。脚本は笠原良三で、「若大将シリーズ」で田波靖男とともにプロデューサー藤本真澄のアイデアをシナリオ化した人。というと若々しいイメージになりますが、戦前の日活多摩川撮影所脚本部出身で新興キネマから大映東京を経て昭和30年に東宝専属という道を歩んだキャリアの持ち主で、本作製作時は五十二歳ですからかなりのベテランライターといえるでしょう。
昭和37年の『ニッポン無責任時代』でスタートしたクレージー映画にはいくつかのパターンがありまして「無責任シリーズ」が二作品で終了すると、昭和38年に「作戦シリーズ」と「日本一シリーズ」に分岐していきます。あともうひとつ時代劇路線もありますがこれはちょっと置いておくと、「作戦シリーズ」はクレージーキャッツのメンバー7人が総出演するのに対して、「日本一シリーズ」は基本的に植木等が主演で他のメンバーは出たり出なかったりになります。「作戦シリーズ」もほとんどは主演は植木等なのですが「クレージーだよ天下無敵」なんかは谷啓とのダブル主演になっているので、まあクレージーキャッツの映画といって良いでしょう。本作は『日本一の色男』で始まった「日本一シリーズ」の第二作で、植木等の他は安田伸、桜井センリ、谷啓しか出てきません。
【ご覧になった後で】スタイル抜群の浜美枝はクレージー映画のマドンナでした
いかがでしたか?東京オリンピックで日本中が沸いていた時期のムードが伝わってきましたし、高度成長時代の代表選手でもあった家電メーカーが舞台になっているのも時代を感じさせる設定でした。増益(マスマス)電機は現在はパナソニックと名乗るようになった松下電器産業がモデルだと思いますけど、本社が低層階のビルになっているところなんかがいかにも当時の家電メーカーらしかったですね。このロケーション撮影に選ばれたのは東芝中央研究所らしく、現在でもJR南武線鹿島田駅からかなり歩いたところに映画そのままの形で残っている建物が使われています。
『ニッポン無責任時代』とは正反対にこの『日本一のホラ吹き男』の主人公は有言実行の士で、ホラのような大言壮語を祖先の伝記に倣ってすべて実現させていく超ポジティブなモーレツ社員として描かれています。守衛の臨時雇いから社員に採用され資料室へ。労働組合から除名されたことで係長となって宣伝課へ。冷暖電球で話題をさらって社長秘書室の課長となり、最終的には営業部長に出世するそのサクセスストーリーは、高度成長時代におけるひとつの夢物語でもありました。『無責任時代』のいい加減社員が非現実な理想像だとすると本作の初等はリアルに感じられる理想的サラリーマンだったのかもしれません。
脚本家笠原良三が本作の直前に井手俊郎と共同で書いたのが須川栄三監督の『君も出世ができる』で、フランキー堺が社長の弱みを握って出世を果たすというミュージカル喜劇でした。笠原良三はたぶん同時並行で『君も出世ができる』と『日本一のホラ吹き男』を書いたのではないでしょうか。どちらがどちらかわからなくなってどっちも同じような出世ストーリーになったというとちょっと勘繰り過ぎかもしれませんが、当時の世の中が出世物語に共感していたことは事実で、男性はみんな会社で偉くなりたいし、女性は旦那に会社で偉くなってもらいたいという時代だったのだと思います。
本作でも浜美枝はキャリアウーマンとして仕事にのめり込むということはなく、いつのまにか出世していく植木等のプロポーズを受け入れて高台の邸宅で主婦の座に収まるという設定になっています。現在的にはほとんどあり得ないのですが、当時はまだ男は仕事・女は家庭という時代だったんですね。それはともかくとしてもただひとりブルーやイエローの原色ファッションを着こなす浜美枝のなんと美しいことでしょうか。顔が小さく脚もきれいでスタイルは抜群、スラリとした洋服姿は当時の女性の憧れの的だったことでしょう。美人というかキュートなタイプなので、浜美枝はクレージーキャッツと相性が良かったらしく、クレージー映画のマドンナとして十数本の作品で共演しています。
クレージーキャッツのメンバーでも地味な安田伸が出演しているのは早稲田の学生で大企業に入社できそうな役は逆に安田伸くらいにしか当てられなかったということでしょうか。桜井センリの運転手役はどんぴしゃでしたし、谷啓はやっぱり喜劇役者としての独自性を持っているなと感じさせます。ほかには古本屋の主人役で小津映画の常連だった坂本武が出ているのも嬉しいところでした。
現在的には『ニッポン無責任時代』のような肩の力の抜けた植木等のキャラクターのほうが共鳴できるわけでして、本作のように常に会社で上を目指すというタイプはどうもがめつさが気になってしまって好きになれませんでした。結局のところ出世を果たして浜美枝も射止めていい家に住むわけですから金と女と地位を手に入れるという手合いになっていて、しかも祖先のように色好みで側室を侍らせたいみたいなハーレムを夢見るおまけがついています。このようなギラギラしたというかテラテラした男の欲望を全肯定されるとやっぱりちょっとやり過ぎなんじゃないかと思ってしまいますね。まあ利口ぶらずに欲望に正直になれという警句なのかもしれませんが。(V011823)
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