春の珍事(1949年)

ボールがバットをよける!謎の魔球を発明した科学者が野球選手になる物語

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ロイド・ベーコン監督の『春の珍事』です。原題は「It happens every spring」。本作の主人公は野球好きの科学者で、野球が開幕するのは春。そして主人公は偶然にも木材をよける液体を発見して、それをボールにすりこんで投げると、見事にバットをよける魔球が完成します。バットをよけるボールは、まるでバネが跳ねるよう。ですから「spring」はバネとか跳ねるとかの意味をひっかけてあるんですね。

【ご覧になる前に】「巨人の星」の大リーグボール3号はこの作品が元ネタ

大学で化学の講師をしているバーノンは、学長の娘と恋仲ですが、生活設計もないのにと結婚するのを躊躇しています。そんなときある薬品が完成し、このパテントで大金が転がり込むと喜んだのもつかの間、研究室の窓から野球のボールが飛び込んできて、試薬は台無しになってしまいました。失意にくれるバーノンでしたが、薬品に浸ったボールを取り上げてみると、なんとボールはあらゆる木材を避けて転がるのでした…。

子どもの頃、梶原一騎原作・川崎のぼる作画のマンガ「巨人の星」を読んでいた人は、必ずこの映画のことを覚えているはずです。「巨人の星」の星飛雄馬は、軽いボールという投手としての欠点を補うために大リーグボールと名付けられた魔球を次々に開発していきます。ボールがバットを追いかけて凡打にする1号。バッターの目の前でボールが消える2号。そして大リーグボール3号は、なんとバッターが力いっぱいに振るバットをボールがよけて、空振りにさせる究極の魔球でした。この3号が登場したときに「なぜ星飛雄馬が投げるボールを打てないのか」という座談会が開催される展開となります。そこで当時のプロ野球を代表する強打者、野村克也と張本勲(かつては毎年高打率の好打者だったんです)が「まるで映画の『春の珍事』のようだ」というようなことを話し合う場面が描かれていました。まだ子どもですから、見たこと読んだことを全部そのまま記憶できてしまうスポンジのような記憶力があったころ。だから、今でも「巨人の星」を読んだことがある方ならすぐに本作のことを思い出せるでしょうし、大リーグボール3号の元ネタが『春の珍事』にあったということに、今更ながら驚いてしまうと思います。

監督のロイド・ベーコンという人は、1930年代にワーナーブラザーズの主力だったそうですが、あまり有名な作品はないようです。しかしながら、チャップリンの映画に俳優として多く出演していて、その意味では極めてオーソドックスなタイプの演出家と言えるでしょう。ですので、本作で注目すべきは、原作を書いた脚本家ヴァレンタイン・デイビスで、この人は『三十四丁目の奇蹟』の原作や『グレン・ミラー物語』の脚本を担当しています。本作も基本的には「バットをよけるボール」という着想とそれをめぐる騒動を描いた原案にいちばん妙味があるわけで、監督のロイド・ベーコンよりも貢献度は高いといってよいかもしれません。

【ご覧になった後で】ワンアイディアだけの映画なのでやや単調な出来栄え

うーん、序盤のバットをよける薬剤の発見とセントルイス球団に入るまでの経緯は面白いのですが、そのあとの展開はいかにも単調に終始していて、惜しかったですね。いきなりメジャーリーグの球団事務所を訪問したどこの馬の骨ともしれない男が監督と直談判し、それを見たオーナーが実際に投げさせてみようなんて、都合のよい展開になるわけがないのですが、それを俳優たちのうまさでカバーしていて、勢いで押し切ってしまいます。見どころはこの打撃練習の場面で、しっかりとボールが空中で跳ねるように曲がりキャッチャーのミットにおさまるように撮られています。このボールはアニメーションで描かれているんでしょうか。はっきりしない白黒画面ですが、なかなかの出来でした。しかし、中盤以降の展開はいかにも無理がありますし、予想がついてしまいますね。主人公バーノンはそもそも大学からいなくなっているわけだから、別に野球選手になって大金を稼ごうとすることを隠さなくてもいいはずです。またいつかは薬剤がなくなることはわかっているのですが、それがただ単に薬剤入りの瓶をうっかり割って流してしまうんなんて、誰でも思いつく単純なオチですよね。まあ、着想は良いけど詰めが甘いというか、ワンアイディアだけであとは何も考えていなかったというか、そんな安易な映画でした。

現在のメジャーリーグベースボールでは、不正投球について厳しく罰せられるので、本作のようにグラブの中に薬剤を浸み込ませた布を仕込んでおいてボールにすりこむなんてのは、まさに不正も不正、その場で永久追放になりかねない行為です。メジャーリーグで使用されている公式球は異常に滑りやすいらしく、グリップ力を強めたい投手たちは首あたりに松ヤニを塗っておいて、汗をぬぐうふりをしながら指先に松ヤニをつけて、ボールを投げていた人もいるそうです。その松ヤニをさらにパワーアップさせたのが「スティッキー・スタッフ」と呼ばれる滑り止め。これを帽子の裏やベルトの間などに塗布しておき、マウンドで何気なく指先につけるのです。ですから、最近のピッチャーは不正をしていると思われないようにひとつひとつの動作に気を配り、変なところに手をやったりしないように気をつけているそうです。『春の珍事』では、レイ・ミランドがセンター方向に身体を向けてグラブの中でボールをクリクリやって、もうまさに不正投球バレバレの動作をしますが、誰も何も注意しません。バッターもあきらかにボールが異常な軌道を描くのに何ひとつ文句をつけません。まあおおらかな時代だったといえばそれまでですが、あまりにルーズすぎて、ファンタジーとして見ないとやっていられませんね。

ところでアメリカのメジャーリーグを題材にしているにも関わらず、本作では野球チームの名前がひとつも出てきません。主人公が活躍するセントルイスは、言うまでもなくカージナルスですが、愛称ではなくひたすら都市名のみ。スタジアムも同じで、ヤンキースタジアムではなくニューヨークスタジアム。こうした表記にせざるを得なかったのは、MLBの第二代コミッショナーだったハッピー・チャンドラーが映画でのMLBの商標使用を認めなかったからだそうです。実際の試合風景も流用されていますが、どれも無名選手のものばかりで、その点ではベーブ・ルース本人が出演した『打撃王』は特別な映画だったのですね。ちなみにハッピー・チャンドラーは、黒人選手のジャッキー・ロビンソンをドジャーズが起用した際、他の球団が「黒人が出場するなら試合を放棄する」と脅したことに対して、コミッショナーとして厳しい処分を下すと明言した人物。ジャッキー・ロビンソンが黒人初のメジャーリーガーになった背景には、このハッピー・チャンドラーの存在があったのでした。

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