エスパイ(昭和49年)

超能力をもったスパイたちを描いた小松左京のSF小説の映画化です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、福田純監督の『エスパイ』です。小松左京の原作は昭和39年に発表されていて、東宝がその二年後に映画化権を手に入れたそうですが、なかなか製作には至らなかったとか。そうこうしているうちに昭和49年になると、TVでユリ・ゲラーがスプーン曲げを実演してみせたことがきっかけになって超能力ブームが巻き起こり、一気に本作の映画化が実現しました。もっとも子供たちの間ではその前年にTVで放映されたアニメ「バビル二世」が大人気になっていて、「サイコキネシス、テレパシー、超能力を使うとき、バビル二世の瞳は燃ええる~」というエンディングテーマによって難しい専門用語は頭に入っており、本作に登場するいろいろな超能力のネーミングは子供たちにすんなりと受け入れられたのでした。

【ご覧になる前に】東宝ご自慢の特撮に加えてロケ撮影の場所にも注目です

テストドライバーの三木は高速運転テストを行っている最中に大事故を起こしかけますが、不思議な力によって車が大破するのを防ぎました。それを見ていたのが超能力を平和利用するために秘密裡に組織された「エスパイ国際機構」のメンバーたち。三木は日本支部長の法条に誘われて組織に入り、田村やマリアたちとともに世界を二分しかねない紛争当事国のバルトニア国首相の警護に乗り出すのでしたが…。

超能力を扱ったコンテンツは、マンガでは平井和正原作・石森章太郎作画による「幻魔大戦」が少年マガジンに連載されましたし、小説でも眉村卓が書いた「なぞの転校生」がジュニアSFシリーズの一篇として刊行されて、いずれも昭和42年のことでした。当時の週刊マンガ誌には短い読み物のコーナーがあって、そこにはリアルな挿画とともに超能力や超常現象を扱ったルポルタージュ風の記事が掲載されていて、子供たちは知らず知らずのうちにテレパシーやテレポーテーションなどについての知識を蓄えているような環境下にあった時代でした。

そこへ超能力ブームが巻き起こり、それまでの日本映画では映画化などされないような題材が取り上げられるようになったのが本作でした。小松左京は前年に『日本沈没』を大ヒットさせた作家なので、東宝としては小松左京の原作であればそれなりに受けるのではないかという腹算用もあったのではないかと思われます。

監督は福田純。東宝に入社して昭和34年に監督へ昇進。以来「若大将シリーズ」や「南海の大決闘」以降の後期ゴジラシリーズを作った人です。特撮監督は円谷英二亡き後の東宝において『日本沈没』以降の特撮作品を支えた中野昭慶。そのほかのスタッフで注目は美術の村木忍。黒澤映画の美術を担当した村木与四郎の奥様で、東宝美術部の同僚同士が職場結婚したんですね。本作はB班が海外ロケを敢行していて、トルコやスイス、フランスなどの風景をキャメラに収めてきたのを、村木忍が作ったスタジオセットの撮影にうまくつなぎ合わせて、作品全体として国際的なムードを出しています。

国内でのロケーション撮影場所にも注目したいところで、スイスという設定で登場するのが八ヶ岳高原ヒュッテ。現在では国の登録有形文化財に指定されているこの建物は元は尾張徳川家19代当主の邸宅で、山田太一が脚本を書いたTVドラマ「高原へいらっしゃい」の舞台にもなったところです。また、日本で行われるバルトニア国首相の演説会会場は、元の千代田生命本社ビル。現在は目黒区役所庁舎としてリノベーションされていまして、日本建築界を代表する建築家の村野藤吾設計による美しいビルと内部のコリドーがそのまま使われています。あと、クライマックスに出てくる逆エスパイ首領の屋敷は大倉山記念館。東洋大学の大倉学長が昭和7年に建てたギリシャ神殿様式の建物で、現在は横浜市が所管しています。こうした場所でのロケーション撮影が非常に上手にスタジオ撮影部分と編集されていますので、ぜひご注目いただきたいところです。

【ご覧になった後で】これは由美かおるのプロモーションビデオのようでした

いやいや、これはSFアクション映画というよりは、主演女優である由美かおるのプロモーションビデオを見ているようで、作っている人たちも実は由美かおるを撮りたかっただけだったんじゃないかと疑ってしまうような内容でした。由美かおるを主演に起用したいという考えは原作者の小松左京にもあったそうで、原作ではマリアはイタリア支部員なんだそうですが、日本支部にいる日本女性に設定変更されたのだとか。由美かおるは本作の前年に松竹の『同棲時代』でヌードを披露して大ブレイクしたばかり。続いて出演した『しなの川』でもあまり意味なく全裸になったりしていて、由美かおるを出せば、撮影現場で由美かおるのヌードが見られるかもしれないぞ、なんてスタッフのほぼ全員が妄想したのではないでしょうか。

実際にイスタンブールの場面で逆エスパイに囚われた由美かおる演じるマリアが強力な催淫剤を飲まされて、巨漢の黒人男に凌辱されそうになるショットが出てきます。本当に驚いてしまうのは、由美かおるが着ているつなぎの下着をガバっとはぎとると豊かなバストが露わになるところ。本筋とはまったく関係ないですし、裸を見せる必要もないので、現在では考えられない演出ですが、当時はこういうのがまかり通っていたんですねえ。ネットでは今でもお宝映像的に流通しているようで、一度映像になってしまうと未来永劫消せなくなるので、本当にコワイですね。

本作は百貨店のそごうとタイアップしていたようで、由美かおるにそごうの服飾デザイナーがいろんな衣裳をとっかえひっかえ着せていました。そのどれもが由美かおるのボディラインを強調したり、露出を多くしたりするものばかりで、身体のラインがくっきりと出るニットスーツだったり、両脚を見せるホットパンツだったりするのです。しかもそのどれもがストーリー展開にまったくそぐわないものばかり。本当にこの映画は撮影現場のオジサンたちによる由美かおる鑑賞会だったのではないかと勘ぐってしまいますね。

ちなみに本作は東宝二本立てで公開されていて、相方は山口百恵初主演作品の『伊豆の踊子』でした。すなわち映画館に来る大半の観客は山口百恵ファンなわけで、中高生が中心だったのではないでしょうか。そんな番組で、こんなオジサンたちの嗜好だけを満足させるような映画を作ってしまうところが、日本映画が凋落した要因のひとつだったのかもしれません。本当にマーケティング力はゼロだったとしか言いようがありません。

もちろん由美かおる関連以外では、草刈正雄の抜群のカッコよさや藤岡弘の体を張ったアクションや若山富三郎の奇妙な髪型と怪演など良いところはいろいろありました。でも、逆エスパイの主力が内田勝正という俳優でほとんど時代劇かと思うくらいの演技でまったくキャスティングミスでしたし、老師をやる岡田英二の老け顔メイクアップの出来が最悪で、さらにジュディをやる高村ルナはなんだかお笑いの女芸人みたいでした。加えて超能力が発現されるときの演出がどれも工夫が足りなくて、目が光ったりするだけなんですよね。東宝お得意の特撮は航空機が墜落しそうになるミニチュアシーンが見せ場として出てくるくらいで、超能力を特撮でどう表現するかまでは頭が回らなかったようです。

しかし加山雄三と由美かおるがテレパシーで会話するみたいな設定が頻出するのですが、現在的に見れば、それってスマホがあればいいんじゃないの、みたいにしか見えないんですよね。なんだか超能力の使い方が間違っているような、そんな気の抜けた映画でした。(A051222)

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